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その時、ふとクエルの姿が見えた。クエルは野原で一人座っていた。
周りには色とりどりの花が咲いている。
そこに座るクエルはまるでお伽噺に出てくるような小さな姫のようであった。
「クエル」
ランドが声をかけるとクエルはバッと振り向いた。
クエルはランドのたった一人の友だちだ。母親が亡くなる前からこの野原で会った。
初めて会った時も、目に入れても痛くないほど可愛くて小さな女の子だった。
そしてその印象は今でも変わらない。
初めてあった時は、この辺に咲いている花の話で二人は盛り上がった。
その後、ランドは母親が迎えに来てクエルは一人で帰っていった。
そんな初対面。どんな花があったか今でも目に浮かんでいる。
花の色、煌めき、どんな風に咲いていたか、そしてその周囲にいる虫も覚えていた。
今日も、クエルと花の話題で盛り上がろうかとランドは思っていたが、ふと、振り向いたクエルの様子がおかしいことに気づく。
よく見ると、クエルの目が赤く腫れているのだ。気のせいか涙の痕が見えている。
「クエル……どうかしたのか?」
恐る恐る聞くと、クエルはそのまま黙っている。一体、どうしたのだろうと思っていると、突然、枯れた花の花弁が落ちるようにポロポロと小さな雨粒のような涙を流し始めた。
「クエル!!」
これはただごとじゃないと思いランドは駆け寄った。
クエルはそのままポロポロと涙を零していたが、なぜか顔色が変わらない。
顔はそのまま無表情で、口を半開きにしたまま静かに泣いている。
その姿はまるで豪雨に打たれる今にも風に吹かれて飛ばされそうな小さな花のようであった。
「どうしたんだクエル!!」
ランドが声をかけても、肩を揺すってもクエルは何も反応しない。
たださめざめと泣いているだけだ。
一気にランドの中で嫌な予感が駆け巡った。身体中の毛が一気に逆立つ感覚を覚える。
(まさか……よりによって……!!)
「お前、なのか」
ランドがそう言うとクエルは静かにコクンと糸が切れた人形のように頷いた。
目の前が真っ暗になる。脳みそが細切れになったんじゃないかと言うほど頭がぐらぐらする。
クエルの返事で全てを察した。
今回の生け贄がクエルだということを。
「ずっと……ずっとそうだった」
クエルのその一言でランドは正気に戻った。
「ずっと?」
その言葉に違和感を覚えたランドはクエルの方を見る。
「ずっとそうだった……私のお母さんも……たった一人の家族も私が生まれて間もない頃に死んじゃった。この五年ごとのしきたりで選ばれちゃった……そこから私はひとりで……それで……」
「そうだった……のか」
クエルはそう言うと初めて目をぐしゃぐしゃにさせて、腕で目を覆い隠した。
そして、しゃくり上げて泣き始めた。
ランドはそっとクエルを抱きしめた。
(この子はずっと……耐えてきたんだ……ずっと一人で耐えてきたんだ……肉親がいない寂しさから)
あの無表情はそれを直向きに隠していたんだ。
ランドはその思いと共にクエルを抱きしめる力を強めていった。
するとクエルは堰を切らしたように大声で泣き始めた。
その涙は今までの思いを全て吐き出すかのように、あるいはぶちまけるかのように泣き出していた。
「ずっと……辛かったんだね……」
ランドの言葉に呼応するようにクエルの泣きはどんどん大きくなっていく。
何としてもクエルを死なせる訳にはいかない。
ランドはそう決心した。
「逃げよう」
「え?」
ランドの言葉にクエルは泣くのを止めて目を大きくした。
ランドはクエルの脇を掴み、クエルの顔を見た。
「逃げよう、クエル」
しかし、その時だった。
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