犠牲のクエル

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「そうはいかない」  二人の右横から声が聞こえた。そしてその声はランドが知っているものであった。  声がした方向を見るとそこには村長、そしてその周りに松明などを持っている村人たちがいる。 「な……!!」  予想外の出来事にランドは思わず声を失った。 「やはりお前の後をつけておいて正解だった。ランド、お前がそういうことを犯そうとするのはとっくにお見通しだった。五年前、村の神聖なる儀式の場所に立ち入った時から、お前を危険視していたのだ。やはりそれは正しかった」 「神聖な、儀式……!!」  その言葉にランドの身体の内側から灼熱のような熱い何かが迸る。 「ふざけるな」  ランドは憎しみのあまり声が滲み出たが村長たちは何も反応しない。それがランドの怒りに拍車をかけた。 「何が、何が神聖な儀式だ!! お前らはただ俺の母さんを殺しただけだろうが!! 返せ!! 俺の母さんを返せ!!」 「愚かな」  村長は哀れむように目をつぶってそう言った。その言葉の意味が分からずランドは更に怒りが増していったが村長は「あの母親を捧げなければ村が滅びてしまったものを」と言った。 「なに、それはどういう意味だ!」  村長はランドの問いに目を開けた。その目は効く覚悟があるか? という目をしていた。  ランドは村長の眼差しから逃げない。だから、村長は口を開いた。 「この村は大きな大きな土地神様に守られておる。その土地神様は五年に一度だけ人間を生け贄にすることでこの村を守ってきた。もし、その約束を破った時は……この村が滅ぼされてしまうのだ」 「ほろぼ……される?」 「そうじゃ、だから生け贄に選ばれた者は自分が生け贄になることを納得しているのだ。  自分の命と村全体の命、天秤にかけてどちらが重いのかは明白だ」 「だ、だからって……!!」  ランドは村長に対して何か返したかったが何も言い返せなかった。  自分一人のせいで村人が全員死んでしまう、そんなことを聞いたら誰だって自分一人の命なんて、と思わざる終えないのを分かっていたからだ。  もし、自分が村のしきたりを守らなかったせいで全員が死んだら、たとえ助かったとしてもその後の罪悪感からまともに生きることは出来ないだろうということも理解していた。 「理解できたであろう。その娘も納得していることだ」  ランドはクエルの方を見た。クエルは今にも零れそうなほど、涙を目に溜めて、口をギュッと閉じていた。下を見ると衣服をギュッと握っていた。 「僕は、そうは思わない」 「なんだと?」  村長が目を細めた。 「貴様、まさか自分の命を優先して全ての者を犠牲にするべきだと思っているのか!」  叱咤をするようなその声は明確にランドを責めていた。 「貴様、自分だけが助かれば良いなどと、そんな愚かな考えを持っているのか!!」 「違う!!」  村長の言葉にランドも明確な反対の意志を持っていた。 「クエルが納得できているとは思えない」 「ハッ」  ランドの言葉に村長は言葉を吐き捨てた。 「そんな訳が無いだろう。彼女も村のみんなの為に喜んで命を差し出すはずだ。いいか? 一人というのはみんなの為にあるのだ。その尊い考えを理解出来ぬ者などいない。理解できぬ者がいたとしたら、そいつは人間未満の畜生だ」  ランドはクエルを見る。  クエルはポロポロと涙を流しながら下を向いている。それを見てランドも手を握りこぶしにした。 「でも、彼女は泣いている!! みんなの為に死ぬことが尊い!? その考えにしたがって喜んで命を捧げるなんて、それこそ人間未満の者がすることだ!!」  ランドの言葉を聞いた瞬間、村長はゆでだこのように顔を真っ赤にして目をカッと見開き、鼻の穴を洞穴のように大きくした。明らかに激怒している。 「この意地汚い小僧を捕らえよ!!」  ランドはクエルを連れて逃げようとしたがその時、手の山が一気に自分に襲いかかってきた。  頭、肩、腰、足に並々ならぬ量の手が自身にのしかかっていく。  あっという間に口も塞がれて、抵抗する前にランドは捕らえられてしまった。  「ランド!!」  クエルが叫んだ。初めて聞くクエルの叫びだった。しかし、このような形で聞きたくはなかった。そのままランドは目を布で、そして手を縄で縛られた。そのままランドは何人もの村人たちに逆さ吊りにされてどこかへ連れて行かれる。クエルの叫び声が後から着いてきていたがやがて消えた。
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