幕間② -椰子の実-

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 (つた)だらけのフェンスの奥に(そび)えるのは、コテージに似た三角屋根の建物だ。下手(しもて)側の螺旋(らせん)階段から二階へ上がれるようで、部屋数は全8室。その内、窓から明かりが漏れているのは階下の3室である。ダークカラーの板壁と白塗りのドアが程良く調和しており、人物画や妖怪らしきイラストなど、あちこちに子供染みた落書きがされている。総じてユニークな外観ではあるが、前もって想定していたおどろおどろしさは無い。  よってアパート自体よりも、それを取り巻く妖しいに惹かれるのだ。敷地の大半を占めるスペースは、元々駐車場だったのだろう。風化した輪止めブロックを、伸び放題の雑草が包み隠している。これだけなら珍しくも何ともない。荒廃した空間を異界に変貌させるのは、奇抜な植物の数々である。  点々と茂る低木から開く、ラッパ型の赤い花弁。写真だけなら村の図書室にも展示されていたが、本物を目にするのは初めてだ。熱帯植物の代表格、ハイビスカス。霜で覆われつつある本土に咲いて良い代物ではない。 「……奇妙ですね……こんなに暗いのに……どうして色がはっきりしているんでしょう?」  ハイビスカスに限らない。らっきょうそっくりな(つぼみ)が連なった花も、プロペラ状に形成された白い花も、ことごとく常夏の風を纏っている。一見地味な樹木も生えているが、艶やかな緑の葉は季節違いだ。冬特有の乾いた空気は押し出され、代わりにわざとらしい瑞々しさで満ちている。色良い光景が気色悪くて仕方がない。 「さあ、どうぞこちらからお入りください。あ、塀には触れちゃいけませんよ。不法侵入者は結界に弾き出されますから」  べったり寄り添い合ったまま、「赤毛」と「銀髪」がを潜る。フェンスが途切れただけのシンプルな入り口。左右に一本ずつ植えられた椰子の木。不穏な予感に身が(すく)むが、ここを越えなければ神の期待に応えられない。送り狼の歩調に合わせて、こちらもプカプカと前進する。  そうしてゲートを過ぎた刹那、頭上から軽く軋む音がした。仰ぎ見ると椰子(やし)の実が一つ、重力に引っ張られて揺れている。固い果実はしばし持ち堪えていたが、やがて自重を支え切れなくなり、ぷっつりと落ちてきた。  不意の出来事に面食らうも、神の加護を思い出して踏み留まる。案の定、椰子の実は自分の肉体を素通りし、青々とした地面に激突した。ガラス玉が砕け散るような、繊細な響きで聴神経が()て付く。 (――退ケッ!)
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