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「――それはアウトですよ、送り狼さん」
「ゲフッ!?」
私の顔の皮を喰い千切る前に、「怪異」は地面に叩き付けられた。突如飛来してきた何者かに額を蹴り砕かれて、あえなく撃墜したのだ。
噴火のごとき衝撃波に足が縺れる。数本後退って体勢を立て直すも、間髪を入れず新たな災難に見舞われる。砂埃だ。
派手に巻き上がる乾いた煙幕。慌てて口元を両手で塞ぎ、咳き込みそうになるのをグッと耐える。
「にしてもまあ、『瞬間移動』とは意外な能力ですね。いや、あんまり意外でもないのかな。貴女は元来、山道を行く人間を付け狙う妖怪。いわば尾行のプロフェッショナルだ。ターゲットの死角に潜むくらい、お茶の子さいさいってわけですね」
黄色く立ち込める砂嵐の中心から、とうに聞きなれた声が届く。ただ、リズミカルな言振りは変わりないのに、音調が若干低い。ほんの一雫の怒気が、周囲の空気を澱ませている。
「いやはや、実に上手い戦法ですよ。俺の背後にいたお嬢さんを直接狙いに来るとは。途中で静かになったのは、能力発動のタイミングを窺っていたからかな。邪魔者の目を欺くついでに、最短ルートで標的に襲いかかる。狩人としてはなかなかに優秀ですね。――あくまで狩人としては、ですが」
浮遊する塵が徐々に減り、事態が明らかになっていく。真っ先に私の目を奪ったのは、だらしなく舌を垂らして倒れ伏す獣の姿だ。
「送り狼」と呼ばれたそれは、脳を揺らされて余程堪えたのか、白目を剥いてプルプル震えている。
次いで興味をそそられたのが、「怪異」の頭上で片足立ちをする謎の人影。パーカーとジーンズで決めた装いが、いかにも外界の若者風である。黒を基調とした組み合わせは一見地味だが、夜闇に溶け込むには打って付けだ。
「いいですか、送り狼さん。貴女は狩人である前に怪異だ。怪異は神話や伝承から生じ、畏怖や信仰を糧に生きるもの。要するに、『語り手』がいて初めて成り立つ存在なのです。
ところが、この『語り手』というのが厄介だ。聞き取りミスを犯す人間なんてザラだし、意図的に話を改変する輩までいる。好き放題に捏ねくり回された物語は、もはや原型を留めない。
一つ例を挙げましょう。『平家物語』にも登場する土蜘蛛は、虎の頭を持つ巨大な蜘蛛の妖怪として知られています。しかし、元々『土蜘蛛』は朝廷に逆らう豪族を揶揄する語句でした。本来は血の通った人間なのに、悪意ある印象を植え付けられた結果、本物の怪異へと変貌してしまったのです」
フードを目深に被ったまま、滑らかに口を動かす青年。その様異なる佇まいを何と表現するべきか、私は大いに迷った。
「人間」にしては逸脱的過ぎる。妖怪のテレポートに追いつける脚力も、虚を衝かれた直後に反撃に転じられる機転も、人間業とは思えない。
かといって、「怪異」と称するにも親和的過ぎる。相手を一方的に打ち負かせる強さがあるのに、一にも二にも対話を重視する在り方は、送り狼とは対照的だ。
悩み抜いた末に、私は一つの言葉を見つけ出した。途方もなく悍ましくて、それでいて限りなく魅力的な一言。
彼は「人間と怪異の間」だった。
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