第一章 -犬と狼の間-

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「……ふう。どうにか丸く収まったぞ。いやはや、狼除けのおまじないが通じて良かった! まあ、送り狼は優しい妖怪だからね。転んだ人間には害を及ぼすけど、帰り道を護衛してくれる側面もある。お礼に片っぽの履き物を渡すと、喜んで咥えていくらしいし。  とにかく俺が言いたいのは、付き合い方さえ間違えなければ、大半の怪異とは上手くやっていけるってことだ! 今回みたいに、手荒な対処が不可欠な事例もままあるけどね」  足場にしていた「怪異」が消滅するのと同時に、青年は陥没したアスファルトに音も無く着地した。黒いシューズで砂溜まりを掃き散らしながら、ただでさえ近い距離を詰めてくる。 「よっこらせ、と。もしかして、顔を合わせるのはこれが初めてかな? 改めてようこそ。、西浪市へ!」  十センチは身長差がある私に合わせて、青年がちょいと膝を屈める。フードの下から露わになった顔には、想像通りの笑みが浮かんでいた。  切れ長の目に細い眉。瞳はさながら黒炭のようで、見つめていると落っこちそうになる。ずば抜けてイケメンというわけでもないが、愛嬌がある面立ちだ。左右の頬に二本ずつ入った赤線のタトゥーも、隈取(くまど)りみたいでエンタメ的な味わいがある。 「さ、一段落付いたところで治療に移ろう。ちょっと待ってね。えーと、どこに仕舞(しま)ったっけな……」  そういえば、私は腰を怪我していたのだった。から、気にも留めていなかった。  刹那、とんでもない事実に思い当たる。手当てを受けるためにはまず、青年に患部を診せる必要がある。つまりコートをたくし上げて、生肌を剥き出しにしなければならないのだ。 「お、見つけた見つけた。この軟膏がよく効くんだよ。それじゃあ早速……え、どうしたの? ブンブンブンブン頭を振って。俺、何か悪いことしちゃった?」  ズボンのポケットから取り出された薬を全力で拒絶する。こちとら思春期真っ盛りの14歳。貞操観念の緩い出身とはいえ、旧約聖書のイブほど奔放には振る舞えない。  第一、肝心の傷はもう塞がっている。余計な心配だと伝えたいが、残念ながらできない。  が恨めしい。服を脱ぎ捨てる恥ずかしさも、無駄骨を折らせる申し訳なさも――果ては感謝の気持ちでさえ、私には表現できないのだ。 「うーん、参ったなあ。身振り手振りだけじゃあ、何を訴えたいのかさっぱり分からないぞ。せめて……あ、そうだった。君はんだったね」
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