第一章 -犬と狼の間-

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「……?」 「え、え、今度は何? 大袈裟(おおげさ)に首を傾げたりして。俺、おかしなこと言ってないよね? だって師匠の手紙によれば……」  青年はコンパクトを懐に収め、代わりに一枚の便箋を広げた。クシャクシャの文面と私の顔を交互に見ながら言葉を繋ぐ。 「『束ねられた銀色の髪』……『透き通るような白い肌』……『シャンパンゴールドに(きら)めく瞳』……『林檎(りんご)を思わせる赤い頬っぺた』……」 「!?」  訥々(とつとつ)と並べられる情報に面食らう。色を強調した表現の数々は、いずれも私の外見的特徴と一致していた。 「『黒いコートに黒縁眼鏡、黒ストッキングに黒ブーツ』――うん、人違いじゃあなさそうだ。やっぱり君こそ、俺が探していたお嬢さんその人だよ!」  その時、私の中に制御不能の衝動が生まれた。  常識外れの実力と話術。怪異への造詣(ぞうけい)の深さ。「師匠」なる謎の存在。何より、私がと把握している事実。  確証を得るにはあと一押し必要だ。突き動かされるまま、震える両手を真っ直ぐに伸ばす。 「いやー、無事に合流できて良かったよ! 途中まではアパートで待機してたんだけど、日の入りに差し()かっても来ないんだからなあ。何か事件でもあったんじゃないかって、もう居ても立ってもいられずに……ウッヒャア!?」  出し抜けにフードをめくられ、青年は目を白黒させる。冷え込んだ空気が身に染みたのか、すぐさま被り直して手に息を吹き掛け始める。 「勘弁しておくれよ、お嬢さん! 俺は人一倍寒がりなんだ」  歯をカチカチ鳴らす彼を見ていると、申し訳ない気分になってくる。だが、たとえ手厳しく非難されようとも、私は確かめずにいられなかった。  温もりに満ちたボサボサの赤髪と、所々に混じった黒い毛筋。さながら西海に沈みゆく太陽のごとし。  一瞬だけ見えたは、まさしく私が探し求める「救世主」の証だった。
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