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「ひゃー、悪かったねえ、お嬢さん。こちらの気配りが足りなかったよ。こんな寒いところで手当てなんかしたら、かえって風邪を引いちゃう。まずは屋内に避難した方が良さそうだ」
青白い顔に熱が戻った途端、青年は事もなげに戯け出した。テンションの起伏は元より、一挙手一投足が忙しない。誇大なジェスチャーで関心を集めるやり方は、駆け出しの役者に似ている。
荒削りな朗らかさを振り撒く彼に、私は釈然としないものを感じる。そこにいるのが「救世主」だと信じたいのに、たった一つのノイズが邪魔をするのだ。
「お前の『救世主』となる男は、とにかく話が下手くそなヤツだ」
戸惑う相手に構わず喋りまくったり、行間を読み違えたりと、青年には若干無頓着な面が見られた。コミュニケーションに粗があるのは否定できない。
だが、それなら「話し下手」よりも「聞き下手」と表現した方がしっくりくる。しかも、多少の欠点が霞んでしまうくらいには、彼のトーク力は巧みだ。「一つ目の異人」から教えられた前情報と、実際の性格がどうしても一致しない。
「さあさあ、夜が更ける前に『海菜荘』へ向かおう。程良く温まった部屋で、まずは心身を落ち着かせなきゃ」
暫定的な「救世主」は手紙を仕舞い込むと、反り身になって回れ右をした。かっちりとした足取りで寸歩前進すると、上半身だけを捻ってこちらに向き直る。
「おっと。もう聞いているかもしれないけど、『海菜荘』――というより、西浪市は変わり者の集い場だ。何かしら背負い込んでいる人ばかりだから、アッと驚く場面も多いと思う。
――でも、きっとそれはお嬢さんも同じなんだよね。
あいにく、俺は君について何も知らない。師匠からは最低限の情報しか貰っていないしね。
どうして師匠と出会ったのか、どうして故郷を捨てたのか――どうして君は語れないのか。俺にはそれらを理解する責任がある。
場合によっては、君を傷付けてしまうかもしれない。ゆえにこそ、答えは慎重に選んで欲しい。
――貴女を取材しても、良いですか?」
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