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そっと差し出された導きの手。誘いに応じるべきだと分かっているのに、足が動かない。靴裏から太い根が伸びて、地面に据え付けられてしまったみたいだ。
青年を信用していないわけではない。横道を平気で突き進める彼なら、あるいは邪神の怨念とも渡り合えるかもしれない。
それでも万が一、呪いの脅威が「救世主」の限界を上回ってしまったら? 暴走した悪意がどれだけの被害をもたらすのか、私は身をもって体験している。
弱い自分を許せない。醜い自分を認められない。「語らずの巫女」などと囃し立てられても、何も言い返せなかった自分は――まだ愛してあげられる。分厚い壁に隔てられるのは息が詰まるが、誰かの息の根を止めるよりはマシだ。
「……」
青年は静かに待っている。気乗り薄な私を責めたりせず、辛抱強く立ち止まっている。
無意味な駆け引きはいつまで続くのか。いっそその手を引き下げてくれれば楽なのに。そうすれば「聞く神の巫女」の願いを裏切ることなく、独りきりで堕ちていけるのに。
ぶちまけようのない不安に駆られて、反射的に口を強く引き結ぶ。間違っても泣き言など漏らさないように、呼吸を止め、歯を食いしばり、腹にグッと力を込める。
ぐううううううううう。
「……ほへ?」
……最後は余計だった。締め付けられた胃の腑から、情けない音が飛び出る。
思いがけない展開にギョッとする。邪神の支配が及ぶのは、私の口から発せられた言葉のみ。となれば今回はセーフのはずだが、何かの手違いで青年に火の粉が降りかかったら――
「……プッ。アッハッハ! ヒーッヒッヒ! いやー、大変元気がよろしいねえ!」
馬鹿みたいに狼狽する私を、上っ調子な笑い声が掬い上げる。軽薄な響きに触発されて、湯気が立ちそうなくらい顔が熱くなる。
これが正常な反応だ。公の場で腹が鳴ったなら、恥ずかしがるのが普通なのだ。自分の殻の中で拗れていると、人間らしさを忘れてしまう。
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