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「グ……グググググッ!」
獣はしばらく朦朧としていたが、やがてギリギリと歯ぎしりしながら立ち上がった。げっそりと衰えて見えるが、鋭い目付きには迫力がある。泣き言を飲み込んでツッパる気組みは、誇り高い武人を彷彿とさせる。
「へえ……随分と逞しいお犬様ですね……そんなに睨まないでください……ゾクゾクして死にそうです」
「グウ、グギギギギ!」
予想以上に皮肉が効いたようで、「お犬様」の細い顔に血管が浮き出る。ゆとりを失った相手の心情は読み取りやすい。
(くうぅ、気に食わん小娘だ! 神使たる我輩を焼き払うとは! この送り狼、一度受けた屈辱は決して忘れな……)
「『送り狼』というのですね……貴女」
「グフッ!?」
名を暴かれた「怪異」はとっさに飛び退ると、長い尻尾を股の間に隠した。強気な態度から一転して、気味悪げな視線を投げてくる。
(な……何故我輩の考えが分かる!? 花火に似た妖術といい、貴様は一体――)
「ふふふ……ごめんなさい……盗み聞きするつもりはなかったんですけど……神術のコントロールは難しくて」
(――神、術? すると貴様、現人神の類いか? ならばこの匂いは……)
「おお……流石に狼は鼻が利きますね……自分……神気臭いでしょう?」
(ヘンッ、下らん冗談を抜かしおって――まあ良い。今のまま粘っても割に合わなそうだ。此度は見逃してやる……クソッ!)
大っぴらにぶすくれながら、送り狼は退散していく。どうやら上手くやり過ごせたようだが、ここは怪異がのさばる土地。以降も警戒心を解かずに……
(ああ、畜生! ようやく腹を満たせると思ったのに! 銀髪娘には逃げられ、赤毛娘には炙られ――散々ではないか!)
「……え?」
聞き間違いか? いや、自分の耳に限ってそれはありえない。とすればこの獣、「語らずの巫女」に行き合ったのでは?
「どれ……確かめてみますか」
傘の照準を負け犬に合わせ、轆轤をギュッと押し込む。現状に相応しいのは、この能力か。
「『仕掛け万燈・縄巻き』!」
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