第二章 -ソウル-

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第二章 -ソウル-

「おーい、お嬢さん! こっちこっち!」  窓際のテーブル席から、柚麒さんが愉快そうに手を振ってくる。ストーブが利いた室内は居心地が良いのだろう。外では絶対にフードを脱ごうとしなかったのに、現在は半袖姿ではしゃいでいる。  私はトイレのドアを後ろ手で閉めると、プラスチック容器を片手に彼のもとへ向かった。足を浮かせる度にフローリングの床が軋む。カウンターから漂ってくるコーヒーの香りが、緊張を程良く和らげてくれる。   「やあやあ、おかえりなさい。ところで、怪我はもう大丈夫かい? 由緒正しき霊薬だから、効果はバッチリだったはずだけど」  木製の椅子に座るや否や、対席の柚麒さんがグイと身を乗り出してきた。やたら勢いがあるせいで、食器やお冷のコップが裏返りそうになる。  興味津々といった様子で尋ねられ、胸がズキリと疼く。入店して早々、彼から軟膏を手渡された私は、ちっとも気乗りしないままトイレへ駆け込んだ。手洗い場の鏡に映し出された腰部は、予想通り無傷だった。  神に作り替えらえた肉体は、投石ごときで損なわれたりしない。例えば猛獣に喉笛を切り裂かれるとか、余程の事態にならない限りは平気でいられる。己の見下げ果てた生き汚さは、村での過酷な生活で実証済みだ。  かくして、私は折角の好意を無駄にしてしまった。勝手な気まずさを感じつつ、一度も開かれなかったケースを返却しようとする。 「ああ、それは君が持っていなよ。『西浪市』での暮らしにはトラブルが付き物。また怪異に襲われる可能性もあるし、用心するに越したことはない。それより――もう我慢できないんじゃない?」  にやけ面の柚麒さんに痛いところを突かれ、私は再び後ろめたさを覚える。原因は卓上にあった。白いテーブルクロスを鮮やかに飾る、美味しそうな料理の数々に。
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