第二章 -ソウル-

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 最初に目を引くのは、大皿に盛られたオムライスだ。黄色と赤のコントラストに心が躍る。ホカホカの湯気も相まって、雲を頂く山のようなインパクトがある。  ボウルに山積みの唐揚げも無視できない。こんがりと火が通った衣は、いかにも歯応えがありそうだ。ジューシーな鶏の旨味を想像するだけで、辛抱堪らなくなる。  バラエティに富んだメニューは眺めていて飽きない。中でも異彩を放つのがだ。喫茶店らしくない器に入っているのは―― 「ホラホラ、早くしないと冷めちゃうよ。遠慮せずにお食べお食べ」  親切な言葉に(そそのか)され、がっつきそうになるのを必死に抑える。勘違いしてはいけない。私は招かれざる客。安易に甘えて良い身分ではないのだ。  慎みを持つべし。控えめであるべし。何度も自分に言い聞かせながら、丁重に合掌する。頭の中で「いただきます」と唱えてから、ぎこちない手付きでスプーンを握る。  ここまでは順調だった。が、オムライスに銀匙を突き刺した時点で、私はお利口さんではいられなくなった。溢れ出る黄身の華やかさに、立ち昇るバターの芳しさに、理性を消し飛ばされてしまったのである。   「おっほー、良い食べっぷりだねえ、お嬢さん! むせ返らないように注意しなよ」  夢中になってご飯を頬張っていると、柚麒さんが上機嫌で口を挟んでくる。小っ恥ずかしいがどうにもならない。半熟卵の優しい食感と、ケチャップの素朴な旨味だけが、今の私の全てなのだ。  喉を押し広げられる度、喜びが総身を駆け巡る。暖かい部屋。温かい料理。こんなにも充実した食事は、一体いつぶりだろう。 「ハハハ! 何だか君を見ていると、初めてこの店に来た日を思い出すなあ。当時の俺はまだ小学生でね。師匠と同じものを注文したんだけど、スパイシーすぎて残しちゃって――」  おっと、最も重要なエッセンスを忘れていた。に閉じ込められ、を口にし続けて幾年月。なんて、夢にも思わなかった。
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