第二章 -ソウル-

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「ときにお嬢さん、君は『ソウルフード』という言葉を知っているかな?」  オムライスをペロリと平らげ、てんこ盛りの唐揚げを半分ほど食べ進めた辺りで、柚麒さんが唐突に問い掛けてきた。直前まで「一つ目の異人」との想い出話に花を咲かせていたのに、何とも大胆な切り替えである。 「日本国内で『ソウルフード』といえば、郷土の名物グルメを指す場合がほとんどだ。地域おこしのPRでも用いられるよね。  ところが、これは正しい使い方ではない。日本に輸入される以前、『ソウルフード』はもっとずっと限定的な意味しか持たなかった。その起源はどこにあるか。アメリカ南部にある!」  陶磁のマグカップを左手で揺すりながら、赤毛の「記者」は一人で喋り続ける。初めて出会った時から分かっていたが、彼はなかなかにメンタルが強い。聞き手の反応がイマイチでも、へこたれずに語っていられるのだから。 「かつてアメリカでは奴隷制が敷かれていた。南北戦争の終結から月日が流れた現代でも、課題は多く残されている。魂に刻み込まれた差別意識は、簡単に癒やせるものじゃあない。  まあ、詳しく掘り下げるのは次の機会にして、今は『ソウル』について話そう! 日本語では『魂』と訳されるこの言葉、アメリカ南部においては意義が大きく異なる。  アフリカから連れて来られた黒人達は、慣れない環境で過酷な労働を強いられた。与えられる食料はごく僅か。辛い毎日を乗り越えるには、あらゆる面で工夫を凝らさなければいけない。  彼らは白人の食べ残しを手に入れ、美味しい調理法を模索した。ナマズを始めとした野生動物を捕まえ、献立のレパートリーに加えた。自由を勝ち取った後も食文化は廃れず、むしろ新しい要素を取り込んで発展していく。  そうして脈々と受け継がれてきた精神こそが――アメリカ南部の誇りこそが、元祖『ソウルフード』なのさ!」  柚麒さんは勢いよくまくし立てると、手元のカップを高々と掲げ、中身を豪快に(あお)った。数秒と経たずに飲み干し、満足げに顔を緩ませながら叫ぶ。 「おかわり!」
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