第二章 -ソウル-

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 追加オーダーからさして時を置かずに、空のマグは琥珀(こはく)色の液体で一杯になった。注がれたばかりで熱々のそれを、せっかちな彼は躊躇(ちゅうちょ)なく口に含む。   「うーん、八年前から変わらぬエレガントさ!  やっぱり『想い出の森』のスウィートティーは格別だなあ。  あ、ちなみにこれも代表的なソウルフードの一つなんだ。『スウィート』の名前通り、たっぷりと砂糖を溶かしてあるのが特徴。元々は上流階級限定のドリンクだったらしいけど、今や立派な家庭の味だよ」    少しも会話のペースを乱さぬまま、じっくりと紅茶を満喫する柚麒さん。傍から見ていて器用だと思う。食事にかまけて相槌も打てていない自分とは大違いだ。   「ただ、細かいことを言ってしまえば、これは正式な『スウィートティー』ではない。本場では氷が入ったグラスに()んで飲むのが常識なんだ。  だから、日本中に点在している『ソウルフード』と同じ。温かい『スウィートティー』は偽物でしかないんだよね」    ややしんみりとした調子で語らう柚麒さんを横目に、黒塗りの容れ物へ手を伸ばす。あまりの異様さゆえにスルーしてきたが、同時に最も待ち侘びていた一品。恐らくはと思われるそれを、(こぼ)さないよう慎重に引き寄せる。   「とは言え、だ。本来の在り方から外れたものを、無闇やたらに切り捨てるのもどうなんだろうね。  温かい『スウィートティー』は邪道かもしれないが、肌寒いホリデーシーズンにはぴったりだ。正しいだけが文化じゃない。誰かが必要としているのなら――」    熱弁を振るう「記者」には悪いが、もはや私の関心は料理にしか向かない。    ペンダントライトの光を反射する、濃紫色のドロドロ。いかにも甘ったるそうな汁を、胸焼け覚悟で一気に啜る。    途端に小豆のまろやかさで舌が(とろ)ける。唐揚げの油っぽさとは対照的な、上品でしっとりとした香り。和の真髄とでも讃えるべき味わいに、私はすっかり(とりこ)になってしまった。    に急き立てられて、木椀を大きく傾ける。えも言われぬ喉越しを、呼吸も忘れて楽しんだ結果――私は
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