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「うーん、何だか勿体ないなあ。そんなに素敵な声を出せるのに、ずっと黙っているなんてさ。あー、別に君のポリシーを否定しているわけじゃないよ。あくまで俺個人の好みの話で……おっとっと、危ない!」
卓上整理に勤しんでいた柚麒さんが、突然ガクンとバランスを失う。危うく手にしていた大皿を割りそうになるも、咄嗟に長い足で踏み留まる。へへへと照れ笑いを浮かべる彼は、とうに人の範疇を超えていた。
「あっりゃー、どうしたのかな? やたらと頭が重いぞ。ここ最近徹夜しまくってたツケが回ってきたのかな?」
第三者から見れば、その推測は明らかに間違っていた。物理的に脳を蝕み、著しい速度で皮膚を侵していく悪腫瘍。邪神によって植え付けられた異物にこそ問題があった。
私はどれだけ愚かなのだろう。ギャグみたいにしょうもないきっかけから、どうしようもない不幸を生み出してしまった。ひとえに孤独を貫いていれば、半端に心を開かなければ――言魂の受肉は防げただろうに。
「はあ、弱ったねえ。〆切が近い原稿、まだまだ沢山あるのになあ。『狐の國』探訪ルポでしょ? 『第三の王』との対談記事でしょ? 『獣の異人』さんへの取材も控えてるし、寝ている暇なんてとてもとても……おや、何の真似だい、お嬢さん?」
くたびれた風に振る舞う柚麒さんから、ひょいと食器を取り上げる。不審がる彼にある方向を――ある一点を示してみせる。
「……んー、窓なんか指差してどうしたのさ? 外に何か気になるものでもあった? でも、こんなに真っ暗じゃ見えるものも見えな――は?」
そう。夜も更けてきた頃合いでは、屋外の景色などろくに視認できない。私が注目して欲しいのはもっと手前、闇に塗り潰されたガラスそれ自体だ。
「は……ハ……葉アアアアアアアアア!?」
黒い鏡に映し出された奇妙な影。柚麒さんの額から伸びる、ゴツゴツとした円筒状の瘤。宿主の生命力を奪い、青々と茂るそれは――文字通りの「言の葉」だった。
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