第二章 -ソウル-

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「アアアアアアアアアア!? アアアアアアアアアア!?」  (むご)たらしい叫びが店中に反響する。混乱するのも無理はない。頭から得体の知れない木が生えるなんて、普通なら発狂ものの恐怖体験だ。 「アアアアア、ア……アウウ……」  妖樹の成長力はタチが悪い。太い幹はますます膨れ上がり、枝は倍々に分裂していく。「言の葉」が瑞々(みずみず)しく輝く裏で、柚麒さんは(しお)れる一方だ。水分も栄養も吸い尽くされ、肌はカラカラに干涸らびていく。痩せこけた頬といい、飛び出した目玉といい、弱々しい姿は見るに堪えない。  妖樹の苗床となった「救世主」を前にして、忌々しい記憶が蘇る。邪神は武器を選ばない。聞き流されるような戯言(ざれごと)も、ヤツが手掛ければ兵器に変わる。意味が無いならこじつけられ、意味があっても曲解される。そのせいで「聞く神の巫女」は―― 「ウウウ……グヌヌヌヌ……」  ――やはり私は居場所を求めるべきではなかった。せめてもの償いとして、ここで全てを終わらせよう。(すす)けた決意を胸に抱き、べえっと(けが)れた舌を出す。(おびただ)しい悲劇を生んできたそれを、思いっきり噛もうとした刹那―― 「グヌヌヌヌ……セイヤアアッ!」 「言の葉」の頑丈な基底から、ミシミシと鈍い音が鳴る。純然たる気合いの雄叫びが、冷ややかな運命をブチ破る。元凶たる私が沈んでいる間に、彼は再起を果たしていた。簡単に折れてしまいそうな細腕で、邪神に勝負を挑んでいた。 「アアアアアアアアアア! アアアアアアアアアア!」  額にガッチリと食い込んだ根が、赤い泡を吹きながら迫り上がっていく。酷く痛々しい光景だが、柚麒さんの行動に迷いはない。悪木を抱え込む華奢な指は、見た目以上に逞しい。  振り返れば、彼は最初から怯えてなどいなかった。予想外の事態に驚きこそすれ、後の対処は誤らなかった。むしろ小刻みに揺れる小樹の方が、ガクガクと震え上がっているみたいだ。 「アアアアアアアアアア、シャアアアアッ!」  そうして数分ほどの奮闘を経て、ついに言魂が根負けした。軟体動物のごとく波打つ触手が、一気に体内から引き抜かれる。血と油でギトギトに濡れた「言の葉」は、空気に(さら)されて元気を失い、やがて白い灰と化して消えた。
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