第二章 -ソウル-

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「……」  風に溶けていく塵を眺めながら、柚麒さんはしばらくぼんやりとしていた。眉間の傷は相当に深い。グジュグジュの隙間から覗く白色は、頭蓋骨の破片か、それとも掻き回された脳みそか。  濁った血潮を垂れ流しながら、彼はテーブルの端に手を伸ばす。シワクチャの掌が掴むのは、一見陳腐なコンパクトケース。中に収められているのは、毒々しい緑色の軟膏。「由緒正しい」と銘打っていたそれを、五指でごっそりとこそげ取る。 「……ときにお嬢さん、君は『オヒアレフア』という植物を知っているかな?」  患部に霊薬を塗りたくりながら、柚麒さんは問い掛けてくる。極端なまでに無機的な声で。私から顔を逸らして。 「これはハワイ諸島の固有種でね。綿毛みたいな赤い花を咲かせる樹木だけど、元々は人間だったらしい。  昔々あるところに、オヒアというハンサムな男と、レフアという美女がいました。二人は大変仲が良く、誰もが羨む理想的なカップルでした。  そんな彼らの関係を疎ましく思う者が一人。名はペレ。偉大な力を有する火山の女神です。  彼女はオヒアを自分のものにしようと企みましたが、一途な彼はちっとも靡いてくれません。腹を立てたペレは、何の罪もない二人を焼き殺してしまいました。  当初はそれで満足していたのですが、時間が経つにつれて、自分の行動がどれだけ愚かだったのか分かってきます。罪悪感に駆られた女神は、憐れな恋人達を生き返らせてあげました。  オヒアは頑丈な木の姿に。レフアは綺麗な花の姿に。見た目は変わってしまったものの、深い愛情で結ばれた二人は、ずっと一緒にいられるようになりましたとさ。めでたし、めでたし」  淡々と朗読する彼の身体に、劇的な変化が生じ始めた。凝り固まった肌に艶が出て、縮んでいた筋肉も活き活きとしてくる。どうやら霊薬の効能は宣伝以上らしい。にわかには信じられない速度で、赤毛の勇者は力を取り戻していく。  それでもなお、彼の話し方は冷たいままだ。機械のようにぎこちない声は、耳に入るだけで背筋がゾクゾクする。魂が込められていない「語り」など、「雄弁記者」には似合わない。
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