第二章 -ソウル-

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「これに近い伝承は世界各地にある。有名なのだと、ギリシャ神話に登場する老夫婦のストーリー。神に丁寧なおもてなしをした彼らは、どんな望みでも叶えてもらえることになった。『パートナーに先立たれたくない」と願った結果、二人は二本の樹木に変身し、一緒になってこの世を去った。  ちなみに『常陸国風土記(ひたちのくにふどき)』にも、神に仕える少年少女が逢い引きをした翌朝、恥ずかしさのあまり松になってしまった、なーんて話が収録されている。茨城県の来栖市には、この伝説にあやかった鐘が設置されているとか。  ――今気付いたけど、恋愛絡みの話ばっかり取り上げちゃったね。重要なのはそこではないんだけどなあ。何なら植物云々も話の本質じゃあない。超自然的な力のせいで、人間の運命は簡単に狂ってしまう、という点が大切なんだ」  思い掛けず柚麒さんと目が合う。喜怒哀楽のどれとも相容れない、デスマスクさながらの味気ない容貌。怪我は完全に治っているのに、肌色も決して悪くないのに――笑顔じゃないというだけで、どうしてこんなに恐ろしいのか。 「とにかく俺が言いたいのは――いや、違うな。『言いたい』んじゃなくて『訊きたい』んだ」  ドス黒い瞳を見開きながら、空っぽの顔を近付けてくる「救世主」に、私は怯えると同時に安堵した。きっと彼は呆れているのだと、異形の私に失望しているのだと――そう信じて止まなかったからだ。 「――教えてよ。語ってよ。今のは君の能力かい?」    そうだ、そのまま私を見放しておくれ。心を向ける価値もない厄介者に、最上の軽蔑と憐憫をおくれ。腐り切った願望に突き動かされ、コクコクと頷く。 「……そっか」  彼はわざとらしく目を瞑る。無表情を貫きながら、じっくりと何かを考え出す。たかだか数秒程度の沈黙なのに、狂おしいほど堪え難い。 「……ククッ!」  ――重々しい静寂を、軽々しい響きがブチ壊す。再び押っ開かれた目。剥き出しになった白い歯。混迷極まる微妙な空気を、心底楽しそうな言葉が繋ぐ。   「……面白い。もっと知りたい」  唇が触れ合う寸前の距離から、型破りな花火が打ち上がった。あり得ないはずの光景に既視感を覚える。初めて巫女の務めを果たしたあの日も、私は同じように罪を犯し、同じように許された。――同じように笑われた。
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