第二章 -ソウル-

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「さあさあさあ! いよいよ本日のメインイベントといこうじゃないか!」  すっかりテンションを持ち直した柚麒さんが、向かいの席からアプローチを掛けてくる。食器の山は回収され、テーブルクロスも真っ(さら)なものに取り替えられた。仕切り直すにはもってこいの環境だ。一旦椅子に座り直し、姿勢をピシリと正す。 「ほほう、気合い十分って感じだね。それじゃあ改めて、大まかな流れを確認しておこう。基本的には筆談方式で進めていくつもりさ。俺が何かしら質問をしたら、ここに返事を書いて頂戴」  テキパキと説明する彼に渡されたのは、ノートとボールペンのセット。ノートの表紙には、澄み切った海のイラストが施されている。サメをモチーフにしたペンと相まって、どこぞの水族館で売られていそうなデザインだ。  対して、柚麒さん自身は実用的な筆記用具を手にしている。革張りの黒い手帳も、シンプルな形状の万年筆も、「記者」のイメージに相応しい。既にページをパラパラとめくって、いつでもメモを取れるよう待機している。 「さっきも言ったけど、全ての質問に答える必要はないからね。デリケートな話題を避けたかったり、プライベートな部分に踏み入って欲しくないなら、その旨を教えてくれれば良い。何ならスルーしてくれても平気さ。現時点で内容だけでも――」  ――その時、私の頭にある言葉が思い浮かんだ。本来なら口に出して表現すべき気持ち。トントン拍子で場が整えられていくから、告げるタイミングを逃してしまった。どうせなら本題に入る前に、しっかりと伝えておくべきだろう。   「……おや、何を書いているんだい、お嬢さん? まだ何も訊いてないんだけど」  疑問を抱かれて当然だ。突拍子もなくペンを走らせる私の姿は、さぞかし意味不明に映るだろう。けれどもそれで構わない。たとえ好奇の眼差しを注がれようとも、ピリオドを打たねば先には進めないのだ。  久しぶりに綴る文字はガタガタで、文章も洗練されているとは言いがたい。決して誇れる出来映えではないが、恥を承知で掲げてやろう。そっと筆を置き、ノートの向きをクルリと変える。   「……あ、終わったみたいだね。どれどれ、ちょっと俺にも読ませてくれる? えーと……え?」  柚麒さんが食い入るように書面を見つめる。じっくり観察しなければ分からないが、笑顔が少々引き()っている。  インクとボイス。用いるツールは異なれど、やっと私達は響き合えた。記念すべき第一声に、私は次の一言を選んだ。 『人でなしで、ごめんなさい』
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