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「ぐおおおおっ、寒い寒い寒い寒いっ!」
チャイムのカラコロという響きに重なって、柚麒さんの悲鳴が聞こえる。乾っ風が余程骨身に堪えるのか、悶絶しながらドアを開けてくれている。気の毒な彼に頭を下げながら、私はそそくさと屋外へ出た。
広い駐車場はガラガラで、車道を駆け抜けるヘッドライトも皆無。冬の夜は不気味極まりない。それでも微塵も怖くないのは、お喋りなパートナーがいるからだろう。
「ハハハ! このままだと凍死するのも時間の問題。すぐにでも『海菜荘』へ向かうとしようか、モモコお嬢さん!」
大声で宣言するが早いか、パーカーに着替えた「雄弁記者」が行く先へ躍り出る。置いていかれてなるものかと、こちらも彼の隣に詰め寄る。喫茶店の出口が閉まるより前に、私達は歩き始めていた。
「そうだ、お嬢さん。道すがら『海菜荘』について説明しておこう。あのアパートには現在、俺を含めて七人の住人がいる。その内三人は正月旅行に行っているから、挨拶できるのはもうちょい先になるかな。
で、残りの三人がまた曲者でね。102号室の『整体師』さん、103号室の『警察官』さん、104号室の『漫画家』さん。個性的すぎて胃もたれするかもだけど、決して悪い人達ではないから――」
隣人らについて語る柚麒さんは、普段より数段楽しそうだ。そのメンバーに私も加わるというのが、未だに信じられない。新生活への不安と期待でこんがらがる感情を、どうにか纏めようとしていると――
「……む、何だあれ?」
不意に柚麒さんがピタリと足を止める。横顔を見上げると、眉に若干皺が寄っている。何が彼を警戒させるのか、気になって視線を辿り――私は思わず息を呑んだ。
一本だけ寂しげに立っている、オンボロの電信柱。付いては消えてを繰り返す明かりの下に、妖しげに揺らめくシルエットが一つ。パッと見では人間のようだが、そうではないと本能が告げる。背高のっぽのそれが何者か、確かめようと目を凝らした途端――
「……っ!? お嬢さん、危ないっ!」
「救世主」の忠告は轟音で掻き消された。黄色の凶器が寒風を劈き、目と鼻の先に迫る。それは非力な獣に過ぎなかった人類を、霊長の位に引き上げた発明。異形の狩人が放ったのは、砂岩で作られた矢だった。
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