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「……!?」
音速で接近してくるザラザラの突起。意想外の攻撃を喰らい、反射的に瞼を閉じそうになる。だが、ここは敢えて目を背けない。何故なら彼は約束してくれたのだから。「絶えず私に寄り添おう」と。
「……せいやっ!」
血飛沫が飛び散るまでのコンマ数秒、「雄弁記者」の振る舞いに澱みはなかった。豪胆かつ繊細な指遣いで、容易く矢を掴み取る。ひけらかすように軸をポキリと折り、風圧で捲れたフードを直しつつ、バツが悪そうな笑顔をこちらへ示す。
「フー、ギリギリセーフってところかな。怪我は無いかい、お嬢さん? ……うんうん、無事みたいで何より。
それにしても、出会い頭に射掛けてくるとは好戦的ですなあ。しかも幼気な少女に対して。確かに『西浪市』は無法地帯、司法も見放す孤地獄ではありますが、地獄だからこそ道義は尊ばれるべきです。これ以上の荒事をお望みなら――俺が受けて立ちますよ」
離れた場所の襲撃者に啖呵を切るや否や、「救世主」は臨戦態勢に入った。特徴的な足音を響かせながら、私を庇うように立ち位置を移す。真正面に現れた彼の背中は、呆れるほど格好良い。
「無駄のない予備動作といい、精密なコントロールといい、かなりの手練れとお見受けします。だとしてもこの金泉柚麒、後れを取るつもりは毛頭ありません。『護衛』としての責務がありますから」
腰を低く落とし、両腕を胸の高さに構える柚麒さん。思えば前回の勝負では、彼の戦いぶりをさっぱり見られなかった。脳内で補完するしかなかった活躍を、ようやく生で鑑賞できる。そんな邪な考えを抱いてしまい、内心で自分を戒めている時だった。
「ほう、貴様が金泉柚麒であったか。なればあの強さも納得だな」
「……!?」
「……な!?」
荒々しいのに艶がある、琵琶を掻き鳴らすような声。それは本来、もっと遠くから聞こえてくるはずだった。陳腐なスポットライトの下に、役者はもういない。目まぐるしく変わる舞台の上で、信じられるのは己の耳だけ。ひりつく鼓膜を意識しながら、私達は音の出所へ視線を向けた。
「――振り向いたな、貴様ら?」
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