第二章 -ソウル-

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 いつの間に雲が懸かったのか、空には星の一つも見えない。深みを増していく夜闇の中、の姿だけがはっきりとしている。  遠目ではシルエットが定まらなかった理由も、これだけ近付かれれば流石に分かる。砂だ。大量の砂が重力を無視して、フワフワと宙を漂っているのだ。風が吹く度乱れはためく、円状に張られた粒子のカーテン。幻想的な障壁で区切られた空間の、さらに中心部に魔女はいた。    クリーム色に靡く髪、小麦色に輝く肌。いずれも異国情緒に溢れているが、切れ長の目付きやあっさりとした面立ちは日本人的だ。身の丈は並の男より上で、鍛えられた筋肉の主張が激しい。   「――おや、どうした小娘。我輩に見蕩(みと)れているのか?」   氷を連想させる碧眼を光らせ、カカカと嘲る女狩人。その言い回しは不遜でこそあれ、断じて不相応なものではない。極限まで磨かれた肉体は、老若男女を魅了する。如何なる織物も宝石も、彼女の美には釣り合うまい。恥じらいなどクソ食らえとばかりに、ありのままの自分を曝け出す姿勢には、敬意すら払いたくなる。 「うわあ……」  背後から漏れる声にビクリとする。だが、感嘆する彼を責められはしない。生まれてこの方、同性に興味などなかった私ですら、軽々と虜になってしまったのだ。一般的な青年からすれば、さぞかし刺激的な光景で……   「うわあ……寒そう」  ……は? 「いやー、そのね。他者の趣味にケチは付けたくないですけどね……服着なさいよ、貴女! 正月の夜中に全裸で徘徊って、正気の沙汰じゃないでしょう!? 何ですっぽんぽんのクセに、そんな澄まし顔でいられるわけ!? ああ、本っ当に寒い! もう見てるだけで寒くなってくる!」  ――失敬。一般的な青年などこの場にはいなかった。柚麒さんの悲痛な叫びによって、たちまち現実世界へ引き戻される。油断してはいけない。美しかろうが何だろうが、道端で胸や尻を丸出しにする女は異常だ。おまけに大前提として、彼女はこちらに矢を射掛けてきた襲撃者なのだ。  逆上(のぼ)せた頭も冷めたところで、改めて謎の女を観察する。外形は人間と遜色ない。しかしある一点において、彼女は明らかに人間と異なる。肉体美などとほざく前に、まずこれに注目すべきだった。側頭部から伸びるモコモコの物体――脈が通った獣の耳は、まさしく怪異の証だ。
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