第二章 -ソウル-

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「――ガハハッ! 服か。服なあ。吾輩に言わせれば、あんなものは着るだけ無駄だ。たとえ激しい吹雪の中であろうと、毛皮さえあれば暖を取るには困らん。衣類など所詮(しょせん)、つんつるてんの人間らしい軟弱な産物よ。――まあ、今の吾輩も見た目だけはつんつるてんだがな」    己の格好を扱き下ろされても、女は全く意に介していない。白い息を盛んに吐きながら、仁王立ちする様は王のごとし。もっとも、「裸の王様」と呼ぶには威厳がありすぎるが。   「取り分け、靴というのは意味不明だ。何故わざんざ足を覆う必要がある? 裸足で野山も走れんとは、本に人間は情けない。大体勿体ないではないか。――折角のを隠してしまうなど」  大きな口を盛んに動かしながら、素足の怪女がおもむろに片手を――いや、を挙げる。風船みたいに膨らんだ腕、スイカだって握り潰せそうな掌。節くれ立った長い指の先が、鈍く光ったような気がした。 「……っ、マズイっ!」  張り詰めた声が発せられると同時に、足元が僅かに揺れる。「救世主」の判断は早かった。不審な気配を察知した瞬間、持ち前の剛脚で大地を蹴ったのだ。かくして彼は敵の攻撃をいなそうとしたが――惜しむらくは、万全の状態ではなかったことだろう。 「……何だそれは。拍子抜けだな」  ザシュッという鋭い音が、かえって辺りの静寂を際立たせる。パーカーに開いた大穴から、黒い繊維が舞い上がる。柚麒さんは眉一つ動かさない。悲鳴の一つも上げようとしない。――全て痩せ我慢だ。  もしも彼がなりふり構わず、一直線に相手を倒しにいったなら、この結末は避けられたのだろうか。数秒前まで愛おしいとさえ思っていた約束が、堅苦しい(かせ)へと成り下がる。  柚麒さんは怪異を殴るよりも先に、私を守ろうとした。――そのために無防備な背中で、獣の爪を受け止めたのだ。
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