第二章 -ソウル-

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 大手を広げて佇む「救世主」は、まるで案山子(かかし)のようだ。子供の時分に読み聞かせてもらった、『オズの魔法使い』を思い出す。かの小説にも、少女ドロシーを助けようと努める案山子が出てきた。  だが、物語上で悪い狼を倒すのは、ブリキの木こりの役目だった。ただ行く手に塞がるだけでは、獰猛な肉食獣は止められない。それに、彼の肉体を構成するのは(わら)ではなく、水と脂肪とタンパク質。切り口から立ち昇るヘモグロビンの臭いは、紛れもなく本物だ。  怪我をしたのは自分ではないのに、痛みが地続きで襲ってくる。膝の震えが(とま)まらない。アキレス腱が痺れて()まない。衰えた思考が現在に追い付き、ふっと足腰の力が抜ける。積み木の城がガラガラと崩れるように、全身がほつれて駄目になっていく。 「……大丈夫だよ、お嬢さん」  ――転落する私を繋ぎ止めたのは、陽気な声と柔らかい抱擁。のべつ血を流しているはずなのに、温もりはまだ消え失せていない。 「大丈夫、こんなのただの(かす)り傷さ。薬を塗るまでもなく治っちゃうよ! あ、でも服は買い直さなきゃいけないね。明日商店街の古着屋にでも行こうかな。同じようなデザインのヤツがあると良いけど」  滞りなく紡がれる言葉の数々。軽やかにふざける彼の振る舞いは、どこまでが演技なのか見当も付かない。けれども、そこには間違いなく生気がある。死の危険さえ笑いの種にするスタイルが、私に勇気を与えてくれる。 「擦り傷だろうと傷は傷だ。この程度で手負いになるとは失望させてくれる。で見せた勇敢さはまぐれだったのか? ――それともその小娘がっ! 貴様を腑抜けにしているのかっ!?」  私達が熱を分かち合う裏で、砂塵の魔女は怒り狂っていた。悠然とした態度とは打って変わって、黒々と濡れた爪を舐め回しながら、殺気が(こも)った目で睨んでくる。隠し切れない不満を表す彼女に、柚麒さんは他所を向きながら言い訳をする。 「――ハハハ! まあ確かに、彼女は俺にとって大事な人です。守るためなら命を投げ打つのも、やぶさかではありません。  だけどね、それを抜きにしても、俺は貴女とは戦えませんよ。何しろこの状況、全面的な非は俺達にある。いやはや迂闊(うかつ)でした。だなんて!」
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