第二章 -ソウル-

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 送り狼――西浪市に着いてから、私が初めて行き合った怪異。ゴワゴワの毛に覆われたかつての姿と、今の彼女とでは似ても似つかない。だが、灰褐色の三角耳など、面影(おもかげ)を感じられる箇所も幾らかある。何より一度追い払われておきながら、こうして雪辱を果たしにくる執念深さが決定打だ。 「真っ直ぐ前だけを見ているんだ」 「救世主」の忠告が呼び起こされる。私達は酷く油断していた。弁解の余地など微塵もなく、人外に付け入る隙を与えてしまった。先に忌み名を知ってさえいれば、のに! 「……で、貴様はどうする? このまま大人しく吾輩に喰われる気か? 反撃の好機をみすみす逃し、その小娘ごと犬死にするつもりか?」 「ハハハ……皮肉が効いていますね。でも正直、そうなっても文句は言えませんよ。 『西浪市』が均衡を保っていられるのは、ひとえに人間と怪異が尊重し合っているおかげです。それぞれの社会に存在するルールを、一方の我儘で蔑ろにはできない。知らぬ存ぜぬでは済まされないし、知っているならなおのことです。  ただ――」 「――ただ、何だ?」  柚麒さんは言葉を濁しながら、ゆっくりと鎌首をもたげる。きっと複雑な表情をしているのだろうが、この角度からでは見えない。そのまま数秒静止していたが、やがて絞り出すように言った。 「――虫が良い話ではありますが、お願いです。どうか彼女を見逃してあげてください」 「……」  彼の申し出を受け、送り狼はポカンとする。が、すぐさまつまらなそうに目を細め、牙を(むな)しく噛み鳴らしながら、「半端者め」と悪態をつく。 「フンッ! 大切なものが損なわれた時、人間は二種類に分かれると聞く。抵抗を諦める者と、より凄まじく燃える者。貴様は後者だと思っていたが……」  例えようのない失望。失望を通り越して絶望。漲る覇気はどこへやら、腕を組んで(うつむ)く魔女の様子は、通常より一回り(しぼ)んで映る。彼女は何やらボソボソ呟いた後、悲壮感漂う顔を気怠げに上げた。 「良かろう。銀髪娘には手を出さん。元よりし、獲物の一匹や二匹逃げても支障は無い。ただし――条件が一つある」 「怪異」は豪快に鼻息を鳴らすと、好敵手にビシリと指を突き付けた。これではどちらが懇願する立場なのか、分かったものではない。吹き消えそうな希望に(すが)り付き、彼女はいっそ気高く駄々を捏ねる。 「金泉柚麒よ、吾輩と決闘をしろ。喰う喰われるは関係無しに、一切のしがらみ無しに、本気の勝負と洒落込もうぞ!」
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