第二章 -ソウル-

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「……決闘、ですか? ふーむ、貴女は狩人ではあっても戦士ではないはず。公正な戦いなんて、柄ではないのでは?」 「そうさな。狩りの肝は優位性にある。相手をいかに騙し、(たばか)り、絡め取るかが重要になる。それを抜きにしても、吾輩は弱者を甚振(いたぶ)るのが好きだ。特に格上の足元を掬い、格下に(おとし)めるのは気持ちが良い。……しかし、これらは白熱した駆け引きを経て、ようやく成り立つものだ」  送り狼の瞳は燻っている。眼窩に嵌められた氷が溶け、ゴポゴポと沸騰している。動物らしい闘争本能の具現だろうか。いや、もっとややこしい。「悔しい」とか「腹立たしい」とか、月並みな語句では伝えきれない拗れぶりは、人間のそれと瓜二つだ。 「獣が誇りを持たぬと誰が定めた!? 敵に辱められたなら、鼻を明かしてやりたくなるのが当然。ゆえに魂まで売ったというのに……上手く出し抜いてやったのならともかく、手を抜かれては恥の上塗りであるっ!」 「……ほうほう。要するに、全力の俺を全力で捩じ伏せたい。それが望みなんですね?」 「うむ」 「そうすれば、お嬢さんを許してくださるんですね?」 「うむ」 「その結果、迎えるかもしれない未来についても、は納得しているんですね?」 「うむ……む、『達』? 吾輩は初めから一匹……もとい、だが?」 「え? あ、本当だ。どうして俺、貴女を複数形で呼んじゃったんですかね?」  自身の発言を不思議がりながら、私に回していた腕を解く柚麒さん。密着状態が終わるのはやや寂しいが、いつまでも引っ付いてはいられない。二歩三歩後退った地点から、「救世主」の出方を窺う。彼は顔を天に向けたまま、抑揚の戻った声で(うた)う。 「ともあれその条件、呑ませていただきます。何しろ破格の内容だ。断る理由が見当たらない。――けれどもその前に一つ、俺から提案があるのですが」
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