第二章 -ソウル-

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「何だと貴様、まだ吹っ掛けるつもりか。どれだけ欲深なのだ」 「いえいえ、滅相もございません! ただ、俺が思うに決闘の利点とは、事前に場所を選べる点にあります。獲物の都合に振り回されがちな狩りならともかく、決闘をお望みなら、わざわざこんな往来でおっ始める必要はない!  想像してみてください。俺達がこの場で真剣に殴り合えば、騒音だの振動だのが近隣に届いちゃいます。それで野次馬なんて湧こうものなら、余計な気を回さなけりゃいけなくなる。下手をすれば警察沙汰だ! 『西浪市』の警察は優秀ですよ。俺の知り合いにも一人いますが、彼女は対怪異のエキスパートだ。他にも自警団や霊媒師集団、キナ臭い秘密結社……面倒な連中に見つかるかもしれない。心ゆくまで勝負を堪能したいなら、なるべく目立たないのが一番です」  少しも噛んだり詰まったりせず、柚麒さんは大仰に語る。普通なら欠伸(あくび)が出る長台詞(ゼリ)も、弾む舌の上で呪言となる。本調子の彼が舞台に上がったなら、敵も味方も観客に徹するしかない。もしくはエキストラに堕されるかだ。 「ふ……フンッ! 他人事のように言うではないか。貴様こそ、その秘密結社の長であるくせにっ! 『ぐろてすくす』の名を知らん怪異などおらぬぞっ!」 「ハハハ! 正しくは『元』長ですよ。この春、高校を卒業するものでね。頼れる後輩に席を譲ってきました。ついでに言えば、『Grotesques(グロテスクス)』は怪しい組織なんかではありません。活動内容は少々特殊ですが、どこにでもあるオカルトサークルで――まあ、それは一旦置いておきましょう」  独楽(こま)が回転するように、柚麒さんは身をクルリと(ひるがえ)す。さながら指揮者が演奏者を束ねるように、両手を頭上に掲げて止まる。最後に首の位置を調整して、彼は送り狼と視線を交わした。  改めて対面する「怪異」と「救世主」。身長は前者が頭一つ分高く、肩幅の広さも比較にならない。にも関わらず、暗雲の下で堂々と息をしているのは、向こう傷を背負った彼の方なのだ。 「とにかく俺が言いたいのは、もっと決闘に相応しい場所があるってことです!  そこは敷地全体に結界が張ってあります。よって内側でどれだけ暴れ回っても、通報される心配は皆無! おまけに丁度良い規模の前庭もあるから、思う存分体を動かせますよ」  幕切れも間近、「雄弁記者」は限界まで声を振り絞り、己の役に入り込む。情熱に打ち震える彼が、今この瞬間どんな表情をしているのか、背後からは窺い知れない。だけど、何となく分かってしまう。  恐らく笑っているのだろう。恐ろしく笑っているのだろう。 「――さあ、『海菜荘』へ参りましょう。人界から切り離され、異界からは退けられ、不幸の星に生まれながら、人並みの幸福を求めて止まない――そんな『異人の卵達』の棲家へ、案内して差し上げましょう!」
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