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幕間② -椰子の実-
「余計な真似はよしてくださいよ……送り狼さん」
「……はて、何のことやら」
「とぼけても駄目です……慎重に行動する手筈だったのに……突っ走ってくれちゃって……」
「吾輩の流儀にケチを付けるな。安心しろ。銀髪娘の死体はキチンと届けてやる」
「いやいやいや……死体だとマズイんですって……生きたまま村に連れ帰らなきゃいけないのに……不用意に矢を放つわ……ブンブン爪を振り回すわ……」
「おーおー、悪かった悪かった。なあに、貴様に受けた恩は忘れておらんさ。報いるだけの仕事はするゆえ、信用してくれ」
信用、か。果たしてできるのだろうか。こちらの忠告を散々無視した挙句、勝手に決闘の約束を取り付けるような輩を。幾ら戦闘に優れていても、命令を聞かないのでは話にならない。それでなくとも、狼は得てして嘘吐きなのだ。悪びれず隣を歩く彼女に、思わず溜息が漏れる。
「……まあ……『海菜荘』でしたっけ? ……結果論ではありますが……敵のアジトを割り出せたのは収穫です……」
本命の「語らずの巫女」は勿論、その共犯者も野放しにはできない。送り狼に一泡吹かせた黒づくめ青年、裏切り者を逃した眼帯の大男――他に何人いるのかは不明だが、拠点さえ押さえればトントン拍子で潰せる。
「待っていてくださいね……教祖様……必ずや貴方の無念を……それにしても……やたらめったら煩いですね……耳が爛れそう……」
「む、そうか? 昼間なら初詣の客で騒がしくもなろうが、この時間帯ならあまり……」
腑に落ちない様子の彼女を見て、自身に起きた変化を再確認させられる。普通なら気に留めやしないのだ。信号機から奏でられるメロディも、風がトタンを揺らす調も、鼓膜を侵す毒にはなり得ないのだ。
「やれやれ……聞こえすぎるのも……考えものですね……」
道の角を曲がる度、店の前を通る度、増幅された雑音で脳細胞が擦り減る。極め付けは十数メートル先を行く、「赤毛」と「銀髪」が繰り広げる会話。吐血を誘うほどの喧しさたるや、終末のラッパも形無しだ。
「でも……我慢……我慢……全ては神のご意志なのだから……」
血筋も経歴も無関係に、「聞く神」は自分を選んでくれた。生来の巫女みたいに、聞き分け良くはしていられないが――昨日までの平凡な日々とは、オサラバしなければ。
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