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送り狼が侘しげに締め括る。彼女の話を整理すると、はだけまくりでよがりまくり、現在進行形で醜態を晒している青年は、実はかなりの超人であるらしい。スマートかどうかはさて置き、一連の言行を顧みれば、彼が並々ならぬ強者だというのは納得できる。しかし……
「……ねえ……あの人に関する噂……他にもありませんかね……例えば……『どんな人柄をしているのか』……とか?」
「人柄ぁ? あまり多くは聞かんが……強いて言えば、極度の変人として有名ではあるな」
「……ふうん……変人……ですか……」
それは何も心得ていない立場からすれば、的を射た表現なのだろう。的確なのかもしれないが――正確ではない。ズレを正そうとするなら、「変わり者」と言い換えるのが良いだろう。あるいは、「変わり物」が適確かもしれない。
「……最後の質問です……彼は……本当に……人間なんですか?」
「はあ? 寝惚けているのか、貴様。人間以外の何に見えると?」
シニカルに構える「お犬様」が、僅かばかり羨ましい。真実を余さず聞いてなお、自分が平静を装っていられるのは、神への忠誠心が引き留めてくれるからだ。それさえなければ、すぐにでもこの耳を切り落としてしまいたい。
心は魂の機微か、脳の電気信号か。どちらにしてもメカニズムは存在する。まず「原因」から感情が誘発され、不安定なそれは「目的」に向かって燃え盛る。続いて「行動」に移るためには、定まった「意志」が必要不可欠だ。
極端な話、生きていくには「意志」さえあれば十分。自身の業務をこなし、周囲と円滑に付き合い、ありきたりな一日を積み重ねていける。ならば「意志」こそが、人間を人間たらしめる要素なのだろうか? そんなわけがない。「意志」だけが宙ぶらりんになっている欠陥品を、自分は人間と認めない。
「……演技がお上手ですよねえ……あの……真っ赤な嘘吐き……」
「あん? 貴様、今何と――」
「着きましたよ」
空々しい声で呼び掛けられ、背中を冷や汗が伝う。動悸を抑えながら前方を見やると、終点である丁字路から、着崩れ姿の魔人が手を振っている。本性を覗いた後では、携えている笑顔が酷く薄っぺらい。傍らに立つ「止まれ」の標識が意味深長だ。
本来なら引き返すのが懸命だろう。教祖様への恩義などかなぐり捨てて、みっともなく逃走するべきなのだろう。理屈では分かっているのに、神秘的な光景から目を逸らせない。そういえば、自分がどのような道筋を辿ってきたのか曖昧だ。透明な靄に騙くらかされて、地球を半周してきたのだろうか?
寒々しい裏路地を抜けると南国だった。
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