幕間② -椰子の実-

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「……え……今のは……神?」  みすぼらしさの中に厳めしさが溶け込んだ、壮年女性の枯れた声。我らが祭神は姿も真名も覚束(おぼつか)ないが、崖際の愚者を見捨てたりしない。彼女のお告げは真空を泳ぎ、頭蓋を直接くすぐるのだ。丁度今朝、遺骸を抱えて呆然とする自分に呼び掛けたみたいに。 「ふむ、なかなか面白い場所ではないか。若干蒸し暑いのが気に食わんが、広さは申し分ない。これなら貴様から授かった力も、遠慮なく使えそうだ。どおれ、とっとと連中を葬ってやるかな。……貴様? オイ、返事をしろ」 「……へ……ど……どうしました?」 「ああん? 貴様こそどうしたのだ。えらく(ども)りがちになって。腹の具合でも悪いのか?」 「……な……何でもありませんよ……会話に詰まるのは元々ですし……」  咄嗟にはぐらかしてしまった。命懸けで働いてもらう以上、送り狼にはしっかりと話すべきでは? ……否。彼女は来たる争いに血を沸かせている。不用意に情報を吹き込んで戦意を削いではならない。この廃園を渦巻くざわめきについて、何も教えるべきではない。 「……そ……それはそうとして……お願いがあるのですが……決闘に勝って『語らずの巫女』を確保したら……速やかにここから避難してください……自分はフェンスの向こうで待っていますから……」 「おお、構わんが……外野で控えているのは勿体なかろう。折角透明になれるのだから、特等席で観戦するが良い。我輩の活躍を眼に焼き付けるには、絶好の機会だぞ?」 「……ありがとうございます……でも……お気持ちと自信だけいただいておきます……さよなら」  本心からの別れ文句を残して、自分はそそくさと退散した。幸いにも出口はがら空きだ。だらしなく転がる椰子の実を跨ぎ、ごちゃ付いた路地へと戻る。ゼエゼエと過呼吸に陥りながら、おっかなびっくり怪アパートを振り返ると、「赤毛」と「お犬様」が陽気に話し込んでいる。決闘のルール確認でもしているのだろうが、詳しい内容は伝わってこない。結界が内側の音を封じ込めているのだ。  悍ましい喧噪から解放されて、心底安堵する。ひしめき合う路沖殺は落ち着かないが、「人でなし」の呻きに蝕まれるよりはマシだ。
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