幕間② -椰子の実-

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「はあ……はあ……さて……至急離れるとしますか……もう…………」  異形の密林に踏み込んでみるまで、自分は脅威の根源を見誤っていた。真の魔性は珍しい草花などではなく、土地の中心に鎮座する館、そこに灯る三つの光だった。 「……『異人の卵達』とは……言い得て妙ですね……扉の先には……果たしてどんな化物が……」  椰子の実が跳ね返る前後で聞いた、複数の恐ろしい声。中でも目立っていたのが、一階右端に位置する部屋――104号室と思われる――から発せられる咆哮である。彼女は激しく怒っていた。どうも仕事が捗らないようで、世の理不尽を憎んで吠え盛っていた。野太いシャウトは人よりものものに近い。何百何千の獣が一つの檻に閉じ込められ、本能に任せて暴れている。そんな錯覚を抱いてしまうほどだ。  次いで隣の部屋、暫定103号室。住人はある一点を除けば、比較的まともな女性らしい。常識も教養も欠けておらず、元来誠実な人物だと分かる。だのにだけが桁違いなのだ。想い人へ捧げる気持ちが棘の鎖と化し、雁字搦めになっている。身を裂かれる痛みに酔いしれ、愛の言葉を垂れ流す構図は、と大差ない。  最後に102号室。ここに潜んでいるのは、自分のにしてだ。他二名が感情を爆発させていたのに対し、彼の思考は実に纏まっている。極度の合理主義者だそうで、床にダラダラと寝そべりながら、その実冷静に分析していた。 (三人、四人、五人、六人……駄目だ、数えてもキリがない。特に……面倒臭え)  ――透明化の術は一度も解けていない。あらゆる場面において、自分は世界の部外者であり続けた。にも関わらず、彼は壁越しにこちらを見据えていた。神の加護を突破して真理を捉える観察眼。あまつさえそので、神器たる仕込み傘のシステムまで暴くとは! 「……『お犬様』……無事でいられますかね……もし失敗したら……新しい駒を探さないと……」  頼みの「怪異」は高圧的な態度で、「赤毛」に何やら物申している。神の力を引き継いだ彼女は疑いなく強い。スクリーンの外から眺める分には、この上なく勇ましい。されど相手は未知数だ。ひょうきん顔の「赤毛」、澄まし顔の「銀髪」、顔も知らない三体の「人でなし」――事と次第によっては、出し惜しみなどしていられない。 「……いやはやまったく……ここは一体全体何なんでしょうね……監獄……流刑地……いいえ……もしくは……」  地獄。地獄の箱庭。箱。段ボール箱。  腐った椰子の実詰め込んだ、死臭漂う段ボール箱。 「……腐った果実は……箱ごと捨てないと」
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