第三章 -金言-

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第三章 -金言-

「認められませんね」 「何故だっ!? 決闘に証人は付き物だろうっ!?」  甘い果実の蜜香る、極彩色の異邦園。草薮(くさやぶ)から湧く光の粒は、妖花がばら撒く花粉だろうか。(ほの)かに(ひらめ)く緑のリングで、二人の戦士は対峙する。  広い額から垂れる汗を、送り狼は邪魔臭そうに(ひじ)で拭う。湿ってギラつく褐色肌は、不健全なのに健康的だ。片や柚麒さんは、ボロボロの上着を無造作に脱ぎ捨て、こともなげにストレッチなどしている。テンポ良く伸ばされ曲げられる腕に、鳥肌は立っていない。 「貴女の言う通り、明治時代にヨーロッパから導入された決闘は、証人無しには成立しませんでした。公正な観点から試合を仕切り、ルール違反を厳しく取り締まる! 今日のスポーツでは審判を重視しますが、それは時を遡ってみても同じなのです。  ――ときにそちらさん、貴女は『雄弁は銀、沈黙は金』という言葉を知っていますか? 現代社会に浸透しているこの慣用句、元ネタはイギリスの評論家であるトーマス・カーライルの著書で……」 「おい待て。どういうつもりだ、貴様。話を逸らすんじゃあない!」 「一般的にこの言葉は、『必要以上に喋りすぎると災難を招く。それよりは、必要に応じて黙っているべき』という意味合いで使われます。ええ、ええ。間違ってはいません。他者との距離感、臨機応変なアクション、どちらも注意せねばなりませんよねえ。  が、どんなシチュエーションでも沈黙を貫くべきかと問われれば、そうではありません! あくまで場に適した立ち振る舞いを説いているわけで、喋りたい、喋らねばと思うのなら喋れば良い。  なので自身への意見を封殺するため、『雄弁は銀、沈黙は金』と言い放つのは、正しくない使い方なのです!」 「だからっ! 無関係なっ! 話はっ! 止めろっ!」  憎々しげに訴える挑戦者と、どこ吹く風の応戦者。対照的な彼らのせめぎ合いを、私はつぶさに見届ける。分厚いコートを意固地に羽織(はお)り、物理的にも概念的にも、アツい両者の間に挟まる。
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