第三章 -金言-

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「さてさて、送り狼さん。お気付きですかな? 俺はここまでで二回だけ、『が』という単語を使いました。『が』は逆説の接続詞、または接続助詞の役割を果たします。『彼は優秀だが、真面目ではない』といった具合に、後ろの文を否定するのが原点の使い方ですね。  では、次のパターンはどうでしょう? 『彼女は漫画家だが、大酒呑みだ』。この文章に『ん?』と疑問を抱く人は、一定数いるはずです。だって、『漫画家』と『大酒呑み』の二要素は衝突しませんから! 『が』が組み込まれているのに、前後が逆説関係になっていない。こうした『新しい言葉使い』を『正しくない』と断定し、非難する人は少なくありません。  そんな彼らに俺は伝えたい。『正しい言葉使い』など、この世に存在しないのだと! 世代、年代、地位、地域……様々な要素が結び付き、社会に新しい概念が生まれる。それは既成の常識には適わないかもしれない。だとしても、常に成長し続ける言葉の生き様を、納得できずとも理解するべきなのです!  例えばホラ、考えてもみてください。21世紀にもなって、『恥づかし』を『立派だ』の意味で使う人はいません。もしいるのなら、友達になりたいですね。きっと気が合うでしょうから!」  夏の陽気に触発されて、テンションが上がっているのだろうか。仏頂面の魔女を放ったらかして、赤毛の快男児は爽やかに踊る。車輪のように肩を爆速で回し、骨盤が外れる勢いで腰を震わせ、ついには何の脈絡もなくバック転などしている。もはやストレッチの域を超えた動きを見せびらかしつつ、なおも息を切らさず話し込めるとは、賞賛に値するスタミナだ。 「……と、ここで思い出していただきたい。俺が『雄弁は銀、沈黙は金』について、『正しくない使い方』があると言ったのを! おやおや、それはおかしいじゃないか。理解云々と語っていたのに、矛盾しているじゃないか。金泉柚麒はとんだダブスタ野郎だ!  ……そんな辛辣なご意見が届きそうですが、どうか言い訳をさせてください。俺が問題視しているのは、『悪用されていないか』という点です。誰かが何気なく口にしたフレーズが、知らずの内に広まっていき、やがて大衆にとっての『普通』になる。そこに悪意はありません。  でもね、世の中には悪い人がいるんです。大元の趣旨を捻じ曲げ、文化を乱用する悪党が! 身勝手な振る舞いで可能性を絶やしてしまうのは――言葉を進化させるのでなく、絶滅させてしまうのは正しくない。  ――もっとも、これは言葉以外の事柄にも当て嵌まりますが、ね」 「……要するに、結論は何だ? 延々と無駄口を叩いて、結局貴様は何が言いたい!?」  蓄積された怒りと暑さで、送り狼の顔が真っ赤に濁る。同調するつもりはないが、汗だくでがなり立てる彼女の心情も分かる。パッチワークめいた会話は「雄弁記者」の十八番だが、此度の話は少々長い。己の道理を押し通すため、相手の無理を突っ撥ねるため、普段以上に気合を入れているのだ。  そうまでして柚麒さんが語るのは――言うまでもなく、私のためである。 「とにかく俺が言いたいのは、貴女の要求は認められないってことです! 本式に(のっと)れば、決闘の証人を定めるにはまず、当事者同士が二人ずつ立会人を連れて来なければならない。集まった四人から選ばれて、初めて証人と呼ばれるのです。  ならば、貴女に残された選択肢は二つ! 証人を立てずに決闘を始めるか、立会人が見つかるまで決闘をお預けにするか。自分に都合が良いルールだけ抜き出すなんて、到底看過できませんからね。  間違っても貴女の望み通り――モモコお嬢さんを証人にするわけにはいかないっ!」
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