第三章 -金言-

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 不敵な笑みを(たた)えながら、「雄弁記者」は口を閉じた。余韻が草原を駆け、むず痒い緊張感を置き去る。重々しい熱気の中、送り狼は膨れっ面を引っ込め、努めて(なご)やかに喉を絞る。 「……ふむ、それが貴様の主張か。けれども、金泉柚麒よ。『都合が良い』というのは些か語弊がある。そう堅苦しく考えるな。無駄は省けるだけ省いてしまうのが、賢い方法だろう? 神事や御前試合ならまだしも、路上勝負ごときで何を真面目腐っている」 「ハハハ! 一理ありますね。原則は原則でしかない。極論的には、当事者間で了承さえ得られれば、ルールなんて幾らでも改変して構わない! となれば、この際正規の手順は無視して、偶然近くにいた少女を証人にするのも、手間が掛からなくて良いのかも――いいえ、やっぱり駄目です。危険すぎます」 「……危険? おいおい、小娘自身が戦うわけではないのだぞ」 「ええ、確かに。実際に拳を交わし合い、体をぶつけ合い、血を流し合うのは俺達だ。行司を張り飛ばす力士はいないし、レフェリーをブン殴るボクサーもいない! 不可侵の不文律が働く限り、ファイターとジャッジメントは同じ土を踏んでいられる。  しかし、気をつけていてもハプニングは生じます。野球のボールが審判に当たる、なんてのはしょっちょうです。これとて状況次第では大惨事になりかねない。まして俺達が本気で争えば、どれだけの二次災害が引き起こされるでしょう!?  別にね、証人を立てること自体に反対はしません。ただ、化物の戯れに付き合えるだけの頑丈さは、今の彼女には無いんですよ!」 「……貴様は過保護だな。普通の人間ならともかく、その小娘は心配無用。大袈裟に騒いだところで、詭弁にしか聞こえんぞ」   「詭弁で上等! お嬢さんを守るためなら、俺は喜んでソフィストになりましょう。少女を獣の企みから救うため、舌が千切れるまで語らいましょう!」 「企みぃ? 馬鹿な。我輩が何を企んでいると?」  砂塵の魔女は微笑んでいる。険しい目を強引に細め、口角を不気味に歪めている。腹の奥底を見透かされ、慌てて取り繕う様はすこぶる人間臭い。溶け掛けの嘘化粧に縋る狼を、柚麒さんは三寸の舌で切り捨てる。 「『何』って貴女……まだ諦めてないんでしょう? お嬢さんを殺すのを」
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