第三章 -金言-

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「……く、ククッ! ふざけろ。貴様、我輩が誓ってやったのを忘れたか? 『銀髪娘には手を出さん』と」 「所詮は口約束です。一方的に反故(ほご)にしたとて、そちらさんにペナルティは無い。さらに言えば、貴女は騙し討ちのプロだ。あからさまに違約せずとも、うっかりミスのフリで乗り切れる。戦いの最中に手が滑って、流れ矢がお嬢さんに当たったとしても、それは致し方ない事故ですからねえ」 「……信用されておらんのだな」 「できれば俺としても信用したい。――が、無条件で心を許し合えるほど、我々の出会いは生易しくなかったでしょう?  貴女は既に一度、禁忌を犯してしまっている。空腹のあまり『怪異』のルールを破り、お嬢さんに襲い掛かっている! 失礼ながら、警戒するには十分かと」 「……ぐむう」  送り狼はこめかみに青筋を浮かべ、荒い鼻息を繰り返す。そこまで憤慨しつつも、直情型の彼女がギリギリのところで牙を収めているのは、図星を突かれたせいだろう。反論叶わず俯く敵を、「雄弁記者」は舌上で転がす。ゼンマイ人形さながらに仰々しく礼をし、幕引きの支度(したく)をする。 「では、一旦この辺りで。お嬢さん、ひとまず俺の部屋に避難しておくれ。場所は203号室だ。本やオブジェで散らかってるのはご愛敬さ! あ、玄関は二重にロックしておいて。それと、には絶対触らないで――」 「ま、待てっ! ……疑いはもっともだが、重要な部分を失念していないか? 大前提として、貴様らが生き永らえているのは、我輩が譲歩してやったおかげだ。ウダウダ文句を垂れるくらいなら、ここで喰い殺してやっても良いのだぞ。……それにもう一つ」  青白く(けぶ)る獣の瞳が、蚊帳の外にいた私を映す。守られてばかりで温々(ぬくぬく)としている卑怯者を、無理矢理対話の場へ引きずり下ろす。 「なあ、小娘。金泉柚麒はああ言っているが、まだ貴様自身の意見を聞いておらんよな。どうだ? 我輩の顔を立てると思って、証人になってはくれんか?」  遙か頭上から投げ掛けられる、噴火寸前の猫撫で声。一瞬だけ及び腰になるも、即座に音も無く深呼吸し、跳ね回る心臓を鎮める。チラリと柚麒さんを窺うと、トレードマークの笑顔に影が落ちている。――たったそれだけの情報で、私が果たすべき役割は決まった。  策謀家の「怪異」には目もくれず、躊躇(ためら)いなく「救世主」に手を伸ばす。こちらの意図を察してか、彼はズボンのポケットをゴソゴソと(まさぐ)り、花を(かたど)った鍵を取り出す。安堵する顔に差し込むのは、影は影でも「夕影」の「影」、「月影」の「影」。小さな手の平に落っことされた期待を、私は零さないよう握り締めた。
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