第三章 -金言-

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「んー、『語らずの巫女』? 馴染みのない単語だなあ。俺が浅学なだけかもしれないけど……あれ? お嬢さん、どうかしたのかい?」  地上から「雄弁記者」が呼んでいる。喉が潰れているのを抜きにしても、応える(すべ)はない。さして長くない蔓巻(つるまき)道の半ばで、私は頭を抱えて立ち止まる。図らずも耳を塞ぐ形になるが、獣の嘲りを遮るには足りない。 「……ほう、ようやく待つ気になったか。『村』を捨てたといっても、この名には思うところがあるのだな」  隔離された花園は作り物臭い。木陰で休む鳥はおろか、草藪にたかる羽虫もいない。(さえず)りやさざめきがシャットアウトされれば、余った音が鮮明になる。押され気味に見えた異郷の狩人は、その実盤外戦を制していた。何故彼女はその名を知っているのだろう? 「救世主」にすら明かしていない、罪と罰が入り交じった名前を!? 「おお、小娘。この匂いからして、貴様――怯えているな? ガハハッ! 素性を暴かれるのがそんなに怖いか!? 怖かろう、怖かろう! 貴様は『教祖殺し』。犬畜生にも劣る外道であるからなあ!」  下卑た笑いを鳴り渡らせる魔女に、私は再び驚愕する。「村」は徹底的な隠蔽体質だ。曲解されたユートピアの中、人民はマメだらけの手で(くわ)を振るい、墨塗りの本を読み、空虚な祈りに一生を捧げる。憐れな羊が柵越しにメエメエ鳴こうものなら、牧人の皮を被った狼に喰われるのが常。いわんや遠く離れた西浪の地にまで、誰が噂を流せるというのか。  不吉な予感が頭をよぎる。「一つ目の異人」が用意してくれた黒列車のおかげで、私は牢獄から解放された。しかし、司令塔を失った番人達が、裏切り者を野放しにするとは考え難い。「村」を脱出してより半日。西浪市へ辿り着いたのは、私一人ではないのでは? 見慣れた顔の誰かが刺客と化して、影からこちらを狙っているでは? 「……一つ答えてください、送り狼さん。『語らずの巫女』だの『教祖殺し』だの、いずれも初耳なんですが――『記者』たる俺でも知らない情報を、どうして貴女が持っているんです?」 「ガハハッ! 気になるか? 気になるよなっ!? 特別に教えてやる。ある者が提供してくれたのだ」 「ふむ、一体誰が?」 「それはなあ――」  機嫌を直した「怪異」は口が軽い。ナイスタイミングで質問してくれた柚麒さんを内心褒めつつ、私は耳をそばだてる。胸を掻っ捌かれるような気持ちだが、誰の名前が出ても現実を受け入れ―― 「『聞く神の巫女』だ」
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