第三章 -金言-

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「グッ、グググッ……ガハハッ! このべらぼうな重み、やるではないか。もっとも、力は我輩の方が上らしいが」 「ハハハッ! 仰る通り、賞賛に値する剛腕ですねえ。加えてタフさも半端じゃない。振動が骨の髄まで達して、関節がビリビリ痺れてくる。岩でも殴ったのかと錯覚してしまいましたよ!  とは言え、技はまだまだ発展途上のようですね。察するに、人間のスタイルに慣れていないのでは? 折角の筋力も、動きが固くては活かし切れません。もっと馴染みのある型に変えてはいかがです?」  強大な力の衝突には、絶大な反作用が伴う。数秒の膠着(こうちゃく)状態の後、磁石が反発するかのごとく、「記者」と「怪異」は跳び退さった。痛めた手首を撫で摩りながら、彼らは仲良く牽制し合う。両者声は朗らかでも、目がちっとも笑っていない。互いに透明な釘を打ち合い、緊迫した空気を留めている。    豪快に獲物を葬るパンチ、無駄なく敵を仕留める正突き、属性は違えど実力は互角だ。初めの一歩は軽い気持ちで事足りても、二歩目以降は尋常ならざる覚悟が要る。甘さを排し、苦痛を受容し、先んじて行動したのは送り狼だった。 「ククッ! 貴様の意見も一理あるな。新しい肉体を得たからには、新しい戦法を試してみたかったが――止めだ、止めだ! やはり我輩には、野生の流儀がしっくりくる。……ガアアアアッ!」  人型の獣が両手を交差し、指先に妖気を集約させる。腕の血管がピクピク震える度、黒い爪はより硬く、より太く錬成されていく。十本の円錐は著しい速度で鋭さを増し、やがて禍々しい凶器と化した。夜闇に劣らず歪んだ刃は、生き血を欲して鈍く輝く。 「ガハハッ! これぞ狼の真骨頂っ! せいぜい楽しませてくれよ――金泉柚麒っ!」  野太く吠え立てるや否や、魔女は四つん這いのポーズをとった。ここが人間社会であれば、彼女の振る舞いは服従のサインとなる。されど人には人の、畜生には畜生の信条がある。尻を持ち上げ、背筋をピンと伸ばし、牙を剥いて睨め上げる様は、ユニークだが滑稽(こっけい)ではない。  誓って言うが、今度の私は余所見などしていなかった。事実、人狼が四肢の腱を押し縮めたところまでは確認している。一瞬たりとも目を離さなかったのに、全く捉えられなかったのだ。気付いた時には、彼女は金色の槍となり、「雄弁記者」の胸を穿(うが)とうとしていた。
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