第三章 -金言-

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 順当に行けば、送り狼の勝利は確実だっただろう。無防備な相手を自慢の爪で貫けば、その時点でゲームセット。祝福のシャンパンの代わりに、赤い血潮が噴き出たはずなのに。ここまでお膳立てされておいて――彼女は不可解な行動を取った。 「つ!? そ、はっ!」    慢心していた狩人の顔に、さっと困惑の色が差す。時間にしてほんの数秒、いやさ、一秒にも満たなかったかもしれない。が、真剣勝負では刹那の迷いが命取りとなる。獲物に爪を突き付けたままピタリと停止するとは、つくづく彼女は迂闊だった。束の間の空白、「記者」がボソリと呟く。 「――ああ、良かった。貴女はまだ、らしい」  彼は転んでなどいなかった。酷く仰け反ってはいるが、尻を打つでもなく、泥に塗れるでもなく、片足で粘り強く踏み留まっている。まるで演劇のストップモーション。赤毛の役者は指の一本、髪の一筋に至るまでピクリとも動かさない。――ひらひら飛び交う花影に隠れた、もう片方の足以外は。 「――セイッ!」 「グッ!? ガフッ!?」  しなる剛脚は柳の枝に似て、三日月型の軌跡を描いた。弾丸と化した靴先は風を切り、音を超えて「怪異」の胸に達する。恐ろしく、鮮やかであった。ズドンと熱気が炸裂し、魔女は歯軋りしながらしゃがみ込む。蹴り払われて薄らいだ砂のベールの中、くの字に曲がって悶えているのが痛々しい。 「うぐっ! よくも……味な真似を……してくれたなっ! のも……全ては計算ずくかっ!?」 「ハハハッ! 買い被りすぎですって。俺はただ、賭けてみただけですよ。貴女が怪異として――『送り狼』としてである可能性に、ね」  柚麒さんがおもむろに上体を起こす。投げ出した足を引っ込め、踵を揃えて気を付けの姿勢になる。テンポ良く身体を折り畳み、コホンと一つ咳払いをしたなら、そこからは「雄弁記者」の本領発揮だ。
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