第三章 -金言-

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「それにしても、随分と洒落が利いていますよねえ。『休ませはせん』と息巻いていた貴女が、『一休み』とほざいた俺を見逃してくれるなんて! やはり神使の宿命、『三峯(みつみね)の掟』には逆らえないようで」 「フンッ! 高を括りおって……山の神との口約束なぞ……破ったところで大した罰も無し……我輩がその気になれば……すぐにでも貴様を喰い殺せるのだぞっ!」 「ふむ、確かに。ほとんどの怪異には制約が付き纏います。例えば、生前強欲だった人間が生まれ変わるとされている『餓鬼(がき)』。中でも『無財餓鬼(むざいがき)』と呼ばれる者達は、一切の飲食を許されません。無理に食べ物を貪ろうものなら、たちまち舌の上で発火して、地獄の炎熱に苦しむハメになります。  こういったケースと比べれば、そちらさんの縛りは幾分か緩やか。前回と同様、掟を無視してゴリ押される懸念もありました。――しかし、勝算は必ずしもゼロではなかった。何しろ貴女には、『狼除けのおまじない』が効くんですからねえ!」   「グッ……ゲホッ……グヌウッ!」  骨張った手で蹴傷を隠しながら、送り狼は敵愾心を表す。半開きの口から垂れる唾液は、犯されたプライドの象徴に思われる。空から降りる闇のせいか、はたまた憤怒のメタファーか、薄金にたなびく短い髪が、ちょっとだけ黒みがかった気がした。 「『どっこらしょ』、『ちょいと一服』、もしくは――『一休み』。送り狼の前で転んだとしても、これらの言葉を使って誤魔化せば、その場に限り猶予を貰える。『ただ休んでいるだけの人間』を襲うのは、山の神に禁じられているから。――日本全国に残っている伝承です。  ほんの少しで良かった。ほんの少し、貴女が攻撃を躊躇してくれれば、やり返す余裕ができる。結果的に弱みに付け込むような形になりましたが、悪知恵を働かせるのも作戦の内。どうか恨まないでくださいね」    不利な戦況に立たされても、知識と度胸を駆使して勝ち筋を探す。ときにはブラフを掛け、最適の戦法で突破口を切り開く。飄々と語る柚麒さんを見ていると、改めて思い知らされる。彼こそは怪異のプロフェッショナルなのだと。黄昏の世界で生き慣れた、「人間と怪異の間」なのだと。
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