第三章 -金言-

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「……くっ、ククッ! 恨むだと? 恨む道理がどこにある? 権謀術数(けんぼうじゅっすう)は戦いの基本! 出し抜かれて腹立たしくとも……それはそれだ。やれ『ズルい』だの『姑息』だのと……駄々を捏ねるのは阿呆の所業よ!」  手酷く打ちひしがれながらも、裸足の魔女はキッパリと言い放つ。兼ねてより感じていたが、彼女のポリシーは独特かつ絶妙だ。勝負のためなら汚い手段も辞さないが、敵に同じことをされても非難はしない。七面倒なプライドとは別に、欺瞞者の美学を持ち合わせている。 「ところで貴様……意外と甘いではないか。こうしてダラダラくっちゃべっている間に……何度吾輩を蹴り飛ばせた? 追撃の一つもせずに卑怯者を名乗ろうとは……片腹痛いわっ!」 「ハハハッ! 寛大な対応、恐れ入ります。でも、一つだけ訂正させてください。何も俺は甘さゆえに、二の矢を継がないのではありません。ひとえに原始的な直感が理由なのです!  もうねえ、プンプン臭うんです。ここで不用意に動けば命は無いって、虫が知らせてくれるんですよ。だってそうでしょう? 日本屈指のハンターともあろう者が、やられっぱなしで終わるはずがない!」 「――チッ! (さと)い若造だ」  粗暴な舌打ちと重なって、冷たく土を抉る音がする。いや、正確には土そのものが引き攣る響きだった。最初から知っていた風にニッコリする「記者」と、弱々しい身震いを止めた「怪異」を、頑強に組まれた檻が隔てる。地表から生え出た棘は長く鋭く、人の足裏などあっさりぶち抜けそうだ。 「うひゃあ、ゲリラ兵もびっくりのブービートラップ! いやはや、あの短時間でよく設置できましたねえ。軽はずみに踏み込まなくて正解でしたよ。  ――で、次は? まさか、これで終わりってんじゃあないですよね? 何たってが合わない。余り分で一体どんなものを作ったのか、教えてもらえませんか?  ねえ、答えてくださいよ。なんかしていないで」 「――ガハハッ! フリではないさ。で防ぎ切れるほど、貴様の技はヤワではなかった。もっとも――膝を突くほどでもなかったがね」  もはや取り繕う気もないらしい。当たり前のようにスムーズに、嘘吐き狼は立ち上がる。皮肉めいた微笑みを湛えて、心臓に置いていた両手を退()ける。露わになったのは「二重の渦巻き」。奇妙な紋様を中心に刻んだ、黄褐色に乾いたプレートが、彼女の豊満な胸を守っていた。
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