第三章 -金言-

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「……ははあ、なるほど。どうりで蹴り上げた瞬間、変な感触がしたわけだ。形状から察するに、西洋の胸当てですかね。面積は最小限でも、心臓を保護するには十分か。  いやあ、してやられましたよ! 砂岩の矢(しか)り、スパイクの罠然り、異能の扱いがお上手だ! とは言え、『送り狼』が砂を撒くのは、あくまで獲物の視界を奪うため。それで武器や防具を錬成するというのは、拡大解釈が過ぎる気もしますねえ。そもそもの話、貴女は西洋ではなく日本の怪異。は、慎んだ方が身のためかと」 「フンッ! 余計なお世話だな。使えるものは徹底的に使い潰す。このに懸けて、我輩は我輩の道を行くだけよ」 「紋章、ねえ。……舵輪……ううん、車輪? どこか見覚えがあるんですよね、そのマーク。新興宗教について調べていた時かな? 少なくとも、日本の狼に関係するものではなかったはず――ま、いっか。  ともあれ、自分で選択したのであれば、こちらは貴女の意思を尊重するだけです。さあ、そろそろ戦いを再開しましょう! 次こそはこの拳、ガードする間もなくぶっ込んでみせますよ!」 「ガハハッ! ああ、言われずとも。狩人の真髄、とくと味わわせてやるっ!」  送り狼はさっと片手を挙げ、深く息を吸って「オオッ!」と叫んだ。曇天を割るような大声に呼応して、ピシリと細かなノイズが走る。見ると砂の鎧に亀裂が入っている。ヒビは広がるのが早い。蜘蛛が巣を張り巡らすがごとく、複雑な線はあちこちで繋がっていき、とうとう砕けて無に帰した。妖艶な乳房を曝け出し、魔女は高揚した表情を浮かべる。  同様に、無数の大棘も一本ずつ消失していった。先端から根元まで裂け目が生じ、崩れたそばから上空に昇る。黄色い粒は規則的に流動し、一箇所へと集まっていく。滑らかな円柱は柄だ。平たく鋭いのは刀身だ。バラバラだった砂塵は密度を増し、確かな形を成していく。人狼の血生臭い掌中で、神々の時代が蘇る。 「そうら……食らえ」    彼女は優秀な狩人であり、また非凡な鍛冶師でもあった。おまけに稀代の戦士でもあったから始末が悪い。たった一振り――打ち鍛えたばかりの大業物を、たった一振り薙いだだけ。蠅でも追い払うみたいに、何の感慨もなく――彼女は森の一部を消し飛ばした。
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