第三章 -金言-

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「……ほほう。棒切れを成長させるとは、面白い妖術だな。さながら、『弘法大師』か『西行法師』といったところか」 「ハハハ! 両方とも杖立伝説で有名な御仁ですね。突き立てた杖が根を張り、葉を茂らせ、霊験あらたかな巨木となる。主に高僧の活躍譚として語られるものですが、『源義経』や『武蔵坊弁慶』など、英雄を主人公に据えたパターンもあるとか!  うーむ。こうして並べてみると、見事にビッグネームばかりだなあ。彼らの逸話と比べれば、俺のは取るに足らない手品みたいなものです! ――そう、単なる。妖術なんかには遠く及ばない、ちっぽけな。でも――これで十分だ。  構えてください、送り狼さん。円卓の騎士『ランスロット卿』は、(にれ)の枝で悪漢を打ち倒したと聞きます。無銘の棒切れといえど――舐めて掛かると痛い目見ますよ」 「フンッ、大口を叩きおって! だが……それでこそ、『白鯨事変』の英雄よなあっ!」  真っ向から焚き付けられて、自信家の魔女が黙っているはずもなし。扇情的なベルセルクは両手で柄を握り直し、得物を後方へとかざす。足を大股に開き、腰を円弧に捻る体勢は、野球のバッティングフォームに近い。恥じらいとは無縁の雄々しい挙動は、悍ましいまでに神々しい。 「くたばれっ! ウオオオオッ!」  濁りきった唸りを伴い、「送り狼」は剣を抜く。つい先刻、彼女は木々を、草花を、大地を殺してみせた。それも余力を残した状態で。ありったけのパワーを注いだスイングは、果たしてどれだけの破局をもたらすのか。黒霧のように立ち込める不吉な予感は――すぐに杞憂であると知れた。 「ウオオオオ……グヌッ!?」  素っ頓狂な声を絞り出す「怪異」。彼女は中途半端なポーズで固まっている。粘り気のある紅い血を、剥き出しのこめかみから垂らしながら。「雄弁記者」は一度の攻撃で、武器を振るった。一発目は剣の切っ先にぶつけ、相手を掣肘(せいちゅう)するために。二発目は急所を的確に潰し、敵を撃滅するために。芸術的な連打は柔靭な手首と、洗練された技術と、何より脅威を正道から乗り越えんとする、肝の太さの賜物(たまもの)だった。 「ふふっ。今のでお終いだった――かもしれませんね」  片手で棒をクルクル回しながら、柚麒さんは和やかに告げる。場違いな態度も、大道芸じみたパフォーマンスも、全部ゆとりの現れだ。全身全霊の一振りを制され、玉肌に傷を付けられ、命を見逃され、笑われ、嗤われ――屈辱極まる仕打ちの末に、誇り高い異形の狩人は―― 「……ククッ! 小癪(こしゃく)なぁ!」    心の底から喜んでいた。
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