第三章 -金言-

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「ときにそちらさん、貴女は『くがにくとぅば』という言葉を知っていますか?」 「グッ!? ……さあな。聞き覚えもないし……ゲハッ!? ……興味もない」 「まあまあ、つれないことを言わないでくださいよ。『くがにくとぅば』とは、すなわち『黄金言葉』! 沖縄県発祥の概念で、本土の格言やことわざに相当します。代表例を挙げれば、『イチャリバチョーデー』なんてのがありますね。『行き逢う者は皆兄弟』と言う意味です。  他にも季節や天候、社会や日常生活など、様々な事象に結び付いた『黄金言葉(くがにくとぅば)』が存在します。これらは往々にして人間の糧となり、指針となり、拠り所となる! 古来から受け継がれてきた、黄金にも等しい価値を有する言葉。先人達の天才的なネーミングセンスには、脱帽せざるを得ませんねえ!」 「グギッ! ……どうでも良いな。言葉にしろ黄金にしろ、獣からすればゴミと大差ない。カビ臭い教えに媚びへつらわずとも……ゴハッ!? ……研ぎ澄ました牙さえあれば、問題なく今を生きていけるっ!」  立て板に水で語りまくる柚麒さんに、送り狼は素っ気なく返す。それでも無視を決め込まず、アンニュイながらも会話に応じているあたり、彼女もだいぶ(ほだ)されてきたらしい。「半分くらい」とは言え、やっと本気を出してくれた好敵手に対して、自分なりの敬意を表しているのだろう。  棒は剣や槍よりも些か地味だが、リーチが長い分融通が利く。何しろ握る箇所を調整すれば、幾らでも間合いを変えられるのだから。そんな汎用性の高さは、柚麒さんの戦闘スタイルとすこぶる噛み合う。人間離れした機動力とスピードに、変幻自在の武器が加われば、大抵の怪異は敵ではない。質量を持った残像が、四方八方からターゲットを狙う。  反対に、「怪異」は武器の選択を誤った。大剣は破壊力こそ驚異的だが、その代償に重量が嵩む。狼は憐れにも、研ぎ澄ました牙を自分で抜いてしまった。機敏さを失った狩人は、「雄弁記者」に蹂躙される。腹に、膝に、額に、頬に――生々しい青痣が広がっていく。得物を振るう隙も与えられない以上、彼女に打開のチャンスは無い。――はずなのだが。 「ハハハ! ごもっともです。言葉なんて所詮は記号だ。それ単体では腹を満たせないし、知らずとも生きていく術はあります。  ――だからと言って、言葉を完全に切り捨ててしまうのは勿体ない。神が支配せし時代より、この国には言魂の魔力が息づいてきました。善言は明るい未来を招き、悪言は暗い結末を呼ぶ。それを心得ているからこそ、俺は言葉を尽くすのです! 呆れるほどに舌を回し、喉が枯れるまで痛め付け、目線を合わせ顔を合わせ、音を声へと変換するのです!  そんな変人の俺から、貴女に贈りたい『黄金言葉』があります。『ウマリジマ、ヌ、クトバ、ワシリタラ、クニン、ワシリユン』。意味としては――」 「言葉を尽くすのは結構だがな……クッ! ……力を尽くす方が先ではないか?」
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