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……はて。赤ちゃんを?
「一般的に魚類は卵生です。しかし、中には体内で卵を孵し、幼体がある程度成長してから産み落とす種もいます。その代表がシロワニなのです!」
ふむふむ。要するに、人間と同じようなメカニズムなのか。だがその場合、子供達はどうやって餌を手に入れるのだ? 母体から出られない状態で、どのように生き延びるというのだろう?
そこまで考えを巡らせて、思わずプッと吹き出しそうになる。青年の無駄話に呆れながらも、結局は聞き耳を立てている自分に気付いたからだ。
死と紙一重の状況下で、魚の豆知識に惹かれるなんて普通じゃない。己が背負う業の深さに、改めて嫌気が差す。
「さてさて、シロワニの面白さを理解していただけましたか?
とは言え、いわゆる卵胎生の魚は意外と多いものです。先の例に出した三匹の鮫の他、グッピーやウミタナゴなども該当します。
では、シロワニには何の見どころもないのでしょうか? 無論、そうではありません。シロワニを特別たらしめる、真に興味深い性質とは――」
不浄の地の片隅にて、突発的に開かれた野外授業。並外れてお喋りな講師と、それ以上にヘンテコな生徒。歪な二人は背中合わせで熱狂していた。
――血に飢えた同席者の存在など、綺麗さっぱり忘れてしまうほどに。
「ガルッ!」
「!?」
予兆もなく視界の中央に躍り出た、灰褐色の毛むくじゃら。跳ね上がった脚の先からは、釘のように鋭い爪が生えている。ピンと反った三角の耳も、釣り上がった金色の目も、太古の野生味で溢れんばかりだ。
「グガアアアッ!」
パックリと裂けた大口の中で、ザラザラの舌が蛇のようにうねくる。湾曲した牙の隙間からは、汚らしい唾液が流れ出ている。
目の前の獣が犬なのか、はたまた狼なのか、この至近距離では間違いようがない。足音一つ立てずに空間を飛び越えてきたのは――百年前の幽霊だった。
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