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「心春、起きなさーい」
母が部屋に入ってきた気配がして布団を頭からかぶると、シャッという音がして視界がぼんやり明るくなった。
「ほら、遅刻しちゃうわよ」
「……いいよもう」
――遅刻したってもう成績には関係ない。今日で最後なんだから。
「あらどうしたの? 中学生にしては珍しくいつも寝起きがいいのに。夜更かしした?」
夜更かしどころか、夕べは全然眠れなかった。
「……学校、行きたくない」
「やだ、いじめ? なにかあったの?」
母の声が真面目になった。なにがあったかなんて、絶対に母には話せない。私は布団の中で首を振った。
「……眠いだけ」
「なんだ、どっちみち今日で最後よ。卒業式なんだから、ほらがんばって。あ」
明るい口調に戻った母の声が止まった。
「彩音ちゃん、夕べなにを持ってきてくれたの?」
夕べ彩音が私にプレゼントを持ってきた。そのとき私はお風呂に入っていて、母が受け取って勉強机に置いた。そのままそこに置いてある。
「……わかんない」
私は布団をかぶったまま答えた。
「なんなの、せっかく届けてくれたのに。もう起きなさいよ」
母はそれだけ言い残すと、パタパタと階段を下りていった。
私は大きくため息をついて、布団の中で握り締めていたスマホを見た。
『いきなりごめん。
でももう卒業だから……』
夜通しくり返し見たメッセージは、すっかり脳裏に焼き付いてしまった。
ベッドから立ち上がり、勉強机の上のプレゼントを見た。学校に行く前に見ておいた方がいいよね、彩音にも会うし。でもどうしても手が伸びない。しかたなく先に着替えることにして、パジャマを脱ぎ捨て部屋の鏡に全身を映した。
まだ背が伸びているのか、鏡のてっぺんにショートカットの髪がぎりぎり映る。寝不足のひどい顔。太ってはいないけれど女性らしい凹凸も少ない。受験勉強のお供はおせんべいだったから、少しお腹が出ちゃったかもしれない。おへその周りを手のひらで撫でると、寝起きの身体は温かかった。
下着を身につけて制服のブラウスに袖を通し、スカートを手に取った。
――きっと、人生最後のスカート。
スカートと上着を着て、もう一度鏡で全身を見た。
――そういえば、私の制服姿を見て、海斗が「似合わねえ」って言ったっけ。
海斗は小学校からの同級生で、よく私にちょっかいを出してきた。あんまりうるさいもんだから、周りの子たちは「海斗って心春のこと好きなんじゃない?」と噂していた。「ぜったいちがう」と私は否定したけれど、本当はうれしかった。明るくて活発な海斗のことを私は好きだったから。
そもそもスカートを履かなくなったのは、小学5年生のときに海斗にからかわれたからだった。
父方の祖父母の家に行くために母が買ってくれたワンピースを、学校にも少し恥ずかしい思いで着て行ったのだった。海斗は私のことを、オトコみたいに髪が短いくせにワンピースなんて似合わない、オトコみたいにぼくを追いかけまわすくせにスカートなんておかしい、とからかった。私は翌日から女の子らしい服を着るのをやめた。
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