入学式

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入学式

それからひと月後、ようやく蕾も綻んだ桜並木を抜け、私は大学の入学式に参列する。 先日、母に新調してもらったばかりの真新しいスーツに身を包み、気分も新たに学長の訓示などを聞く。 それほど頭がいいわけではない私が、無事第一志望のこの国立大学に入れたのは、奇跡でしかない。 私は、4年間、ちゃんと頑張ろうと心に誓って会場を後にする。 この会場から大通りへ向かう沿道の桜並木は八分咲きといったところ。 天気予報で、今日は花冷えだと言っていた。 普段は履かないタイトスカートから伸びた足が寒い。 私は、桜の下で立ち止まり、上から羽織っただけだったスプリングコートの前ボタンを留める。 立ち止まっていると、時折り、はらはらと白っぽくなった桜の花びらが頭の上に舞い落ちて来る。 けれど、頭上には、少し霞のかかった青空を背に、まだ濃い色の花びらが色鮮やかに咲き誇っている。 私は、バッグからスマホを取り出し、頭上に構えた。 パシャリ。 私が、今日の記念に納めた美しい風景に満足していると、後ろから走ってくる足音が聞こえる。 こんな昼間にランニングする人がいるのね。 そう思ったものの、特に気にも留めず、やり過ごそうとした。 けれど、その時、不意に肩を掴まれた。 「愛梨!」 えっ? 知り合いなどいないと思っていたこの場所で突然名前を呼ばれて、驚いた。 振り返るとそこにいたのは、颯くんだった。 「えっ!? なんで!?」 颯くんは今頃、東京にいるはず。 「良かった。会えた!」 颯くんは息を切らしながら、笑顔を見せる。 「愛梨、携帯」 携帯? 突然言われて、訳も分からず、手にしていた携帯を差し出すと、颯くんも自分のを取り出して差し出した。 颯くんの携帯には、QRコードが表示されている。 「愛梨にいくらLINEしても通じないから」 えっ? LINEなんて届いてない。 「中学のも高校のも、愛梨もちゃんと卒業生のグループLINEにいるのに、俺を友達追加してないだろ?」 えっ、だって勝手に友達追加するのは失礼だと思って…… 私が友達追加すると、 「ほら、これでLINEが繋がった」 と、颯くんは嬉しそうに笑う。 あっ、そうだ! 「颯くん、なんでここにいるの!? K大に行ったんじゃないの!?」 K大は国立のうちより偏差値が高い。 すると、颯くんは困ったように笑う。 「俺の本命はここ。あそこは初年度納入金だけで400万かかるから、一般人には無理。東京だと一人暮らしの費用も必要だし」 あ…… 私大の医学部ってそんなにかかるんだ! 私はびっくりして言葉を失った。 「ここなら、100万でお釣りくるもんな。医学部は6年あるから、医者の息子でもない限りK大は無理だろ」 それでも、やっぱり、行けるものなら行きたかっただろうな。 私は、なんて言葉を掛けていいか分からなくて、言葉を探す。 颯くんはそんな私に構うことなく、さらに続ける。 「で、ここからが本題」 本題? 私が首を傾げると、颯くんはそれまでの笑顔とは打って変わって、真面目な顔をする。 「愛梨、俺もずっと好きでした。付き合ってください」 えっ!? 今、なんて……? 驚いた私は、固まったまま動けない。 「愛梨? 返事は?」 促されて、私は慌てて答える。 「えっ? あ、はい」 「よっしゃあ!」 嬉しそうに拳を握って雄叫びを上げる颯くんを見て、我に返る。 あれ? もしかして、私、颯くんと付き合うの? こうして、颯くんと、ただの学友ではない13年目が幕を開けた。 ─── Fin. ─── レビュー・感想 ページコメント 楽しみにしてます。 お気軽に一言呟いてくださいね。
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