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「え……うそ、なんで!?」
「楽しい思い出が出来たかい?」
「ええ……凄いわ! 夏の海って、見下ろす空って、実際に見るととっても綺麗なのね……」
実際に海外に行ったことはない。それでも、太陽の反射する波の煌めきも、飛行機が浮上する圧力も、空から見下ろす白い夏の雲も、目を閉じるとまるで先程体験したのことのようにはっきりと浮かぶのだ。
「このお店はねぇ、お嬢さんみたいに寂しい想いを抱えた子が来るんだよ。今お嬢さんが食べたのは、『ソライロの飴』さ。空が夏の記憶を分けてくれるんだ」
「夏の記憶……? じゃあ、秋とか冬もあるの?」
小粒の飴はすぐに溶けてなくなって、口の中には夏の余韻が残り、やがて消える。けれど一度溢れた頭の中の夏の記憶は、そのまま消えることはなかった。
「そうさねぇ、他にも色んなお菓子があるけど……お嬢さんの小さい頭の中には、無理に思い出は詰め込みすぎない方がいい。これだけにしておきなさい」
「どうして? 私、もっと思い出が欲しいわ! 思い出さえあれば、嘘つきじゃなくなるもの!」
人並みの思い出が欲しいという寂しさと、それを誤魔化し嘘をつく辛さ。その両方がお菓子で一つで解決出来るのなら、彼女にとってそれ以上のことはなかった。
魔法のような体験、目の前の奇跡の塊、願いの成就。興奮する彼女に対して、老婆は顔をしかめて首を振る。
「あんまりたくさん詰め込むとねぇ、パンクしてどれが本当かわからなくなってしまうよ。……ちゃんと空けておいて、これから本物の素敵な思い出を入れられた方がいいだろう?」
「……でも、……。わかったわ」
老婆の説得を受け、麗華は渋々頷いた。
本物の素敵な思い出なんて、作れる保証はない。だってこれまでもなかったから、嘘を塗り固めるしかなかったのだ。
先程までの高揚した様子から一転、落ち込む麗華に、老婆は店の入り口近くを指差す。
「あの辺りのお菓子は普通のだからね、持っておいき。ただし、そっちの棚のはいけないよ」
「はぁい……」
そう言って老婆は袋を一つ持たせてくれた。その中に、好きなだけ普通のお菓子を詰め込んでいく。
カラフルなチョコレートに、可愛いグミに、定番のガム、普段は買わないような大きな袋のスナック菓子に、綺麗なキャンディ。それだけでも、普段なら大層嬉しかっただろう。
しかし麗華は、既に魔法のような奇跡の体験をしてしまったのだ。
欲に目が眩み、老婆の忠告を無視して、ポケットにこっそりと「いけない」と言われた棚のお菓子を詰め込んだ。
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