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「ウリがないんだよね〜」
小さな会議室で、三人の面接官のうち、一人が呟いた。私はパイプ椅子に座っている面接官の顔をじっと見つめた。面接官も、私の顔と応募書類を交互に見比べている。金縁眼鏡をかけ、無精髭を生やしている四十代の男性面接官が値踏みするような冷徹な目つきで私の顔を眺めていた。
私は喉がカラカラに乾き、蛇に睨まれた蛙のような状態だったが、後学のためだと考え、勇気を振り絞って恐る恐る訊ねてみた。
「ウリがないとは、どういうことでしょうか」
「自分じゃわからない?」
「はい……」
「ぶっちゃけさ。綺麗な顔立ちとは思うんだけど、華がないんだよね。あと小学生の時から、地元の児童劇団に入っていたみたいだけど、そんな奴らは、この業界にはゴマンといるし、それがウリになる時代でもない。大学でも進学してミスコンに入賞してる方がまだマシかな〜。それに特技もないみたいだし。著名人の親戚や両親もいないみたいだし。つまり、これと言った特徴がないんだよね。簡単に言えば、凡庸な感じ?」
「はあ……」
「っていうか、君、女優目指して上京したみたいだけど、三十七歳になるまで何して生きてたの? チコちゃんじゃないけど、ボーッと生きてんじゃねぇよ」
私は面接官が放った言葉で、残りの面接官二人が、バカにしたようにニヤニヤ笑っているのを見逃さなかった。
私はオーディション会場を後にし、自宅に戻る京王線の車内で、あまりに悔しくて泣けてきた。自分で教えてくれとは頼んだが、「綺麗な顔だけど華がない」とか「ボーッと生きてんじゃねぇよ」という言葉が返って来るとは、夢にも思わなかった。
自然と涙がポロポロ零れたが、乗った電車は特急で、調布まで止まる気配はない。混んでる車内で座席に座りハンカチで涙を拭う私を、周りの乗客は珍しそうに見ていたが、かまっている余裕なんてなかった。みんなに愛される女優になりたいのに、私は必要とされてないと思うと、このまま女優を続けるべきなのかも不安になる。
目の前は、うっすらと霞がかかり、どの方向に進めば、役者として成功するのか皆目分からなかった。
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