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生中と焼き鳥の盛り合わせを、常連客のカズさんの前にドンと置く。カズさんは、読んでいた競馬新聞から目を離し「どうした? 機嫌悪いじゃない。またオーディションでも落ちたか」と言ってから、白い泡を乗せたビールを旨そうにゴクゴクと喉に流し込んだ。
「わかります?」
「わかるよー。顔に書いてある。しけったツラをしてるもの」
カズさんは一人でも店に来てくれる常連客だ。二十代で脱サラしてから、中古車を売る会社を始めたそうだ。アラフィフおじさんらしきカズさんは、未だに独身だった。
私は、内心、この居酒屋の常連になっているのは、私目当てだろうと自意識過剰にも思っていた。もう少しお金持ちのおじさんならば、徹也から鞍替えしても良かったが、どこからどう見ても冴えない中年男性。私が居酒屋の売り上げがコロナ前には戻ってないらしいと嘆いたら、こうやって私の出勤日には、店が繁盛するようにと足を運んでくれる優しいお客さんだった。
カズさんは私が仙台から上京した女優志望の健気な貧困女子と思っているようだけど、実は同棲してることも、未だに仕送りをお母さんから貰っていることも内緒にしていた。
「オーディションを落ちたかは、まだわからないんですけど。無理ゲーな感じなんですよね」
私はトレーを持ったまま、カズさんを見下ろす形で話しかける。カズさんの頭頂部は、歴史の教科書で見たフランシスコ・ザビエルのようにハゲていて、婚活パーティーに参加しても、デートだけで終わってしまうのは、禿頭が原因ではないかとぼんやり考える。たぶん髪が、もっとふさふさだったら若く見えるだろうし。人は他人の欠点はよく見えても、自分のことは見えないのだなと思い質問してみた。
「オーディションで、顔に華がないって言われたんです。だから落とされるのかなと思ったら、凹んじゃって」
「なるほどね〜。確かに派手な顔立ちではないかも。でも前にさ、蓮ちゃんって児童劇団入っていたって言ってなかったっけ?」
「はい。言いましたよ。上京してからは、俳優の養成スクールにも通っていました」
「だったらさ。肝心の演技力を見せるために、自分で劇団でも作って、主演女優をやれば良いんじゃないの。今の時代、金はクラウドファンディングで集められるし、役者や劇作家だって、ネットで探せるんじゃないのかな。オーディションが受からないって落ち込む暇あったらさ、ガンガン実績を作った方が健全だと思うけど」
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