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「翔!」
僕じゃない声にハッと目を開いた。
目の前には、僕の両肩を掴んで息を切らした母さんがいた。
頬に、目に、額に、首に、大量の汗と海水を流した母さんが苦しそうに呼吸をして僕を見つめていた。
「かあ……さん……」
「あああ!よかった、アンタまで、海に、攫われたかと……っ、よかった、無事で、本当に、よかった……っ」
涙ぐむ母親が僕にしがみつくように抱きついた。その力の強さに息苦しいやら痛いやらで僕は「痛いよ」と訴えるが、その時に出た声がいやにかすれていて驚いた。唇も水分を一切感じないほどに渇いていて、母さんの背に回した僕の手は妙に骨ばっていた。
……僕は、どれほどここにいたのだろうか?
「帰ろう。翔。帰ろう」
母さんが言った。
がっしりと僕の手を掴んで。
恥ずかしいから振り払いたかったけれど、僕の手は妙に力が入らなかった。
仕方なく、僕は母さんに支えながら立ち上がった。
立った瞬間、視界がぐらぐらと揺れて、歪んで、変な感じがした。
それでも僕は、海を見つめた。
僕の大好きな海を。
「姉ちゃん……」
ぽつり、と僕が呟いた瞬間。
母さんの肩がびくりと跳ね上がり勢いよく僕を見た。
僅かな月明りの中で母さんの目が大きく見開かれ、そして、泣きそうに歪ませて視線を切った。
「明日……を……に……病院……しょうね……」
母さんの言葉は波の音に遮られてよく聞こえなかったけど、病院という言葉を聞き取れた僕は何を言われたのか察し頷いた。
病院に行けば僕は、人魚だと言い張る嘘つき娘に鏡の中で会えるから
fin
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