終章

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「あれ?」  唐突に、アリシアははたと歩みを止めた。気付いたイアンが振り返る。 「どうかした?」  群青の瞳は地面を向いていたが、彼女に地面は見えていなかった。  彼女はハシバミ竜の言葉を思い出していた。  ――指使いは大樹から生まれ、役目を果たした後に再び大樹へと還る。  指使いが死ぬ時、それはつまり、指使いがその身を大樹に還す時である。初代指使いブリギットや、それ以降の指使い達が繋げてきた輪廻の世界に取り込まれるのだ。先々代指使いアグネスが大樹に還ったというのも、キルケーの手記に書かれていた。  ――では、キルケーは? 「ちょっと、確認したいんですけど」  いや、まさか。  でも――。  復元された記憶の隙間に巣食っていた(もや)。そのボンヤリとした輪郭が次第に形を整え、確固としたものへとなるにつれて、アリシアの頬に赤みがさしていく。文字通りドキドキと鼓動がはやる。  彼女は震える唇の隙間から恐るべき質問をこぼした。 「キルケーが大樹に還ったって、誰が言ったんでしたっけ?」  イアンが歩みを止める。  鈍色の瞳が、瞬きもせずアリシアを見返した。 「……誰も言ってない」  群青と鈍色が無言で交差する。そんな中、前を行くソルが一人、肩越しに二人の学生を窺って面白そうに菫色の瞳を細めていた。  どこかで大樹の葉がそよぐ。  ゴルムの空は、今日も鮮やかな蒼一色に染まっていた。
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